将来が期待される日本の若手指揮者、原田慶太楼、沖澤のどか、鈴木優人の3人がABCの3プログラムを振り分けたNHK交響楽団の6月定期公演を振り返る。すでに内外で活躍する3人がN響から引き出した音楽はそれぞれの個性が反映された聴き応え満点のものであった。
【原田慶太楼指揮 Aプログラム】
取材したのは9日、Aプロ2日目の公演。オール・スクリャービン、それも交響曲第2番など演奏される機会が決して多くはない演目ながら広いNHKホールは2日とも満員の盛況ぶりであった。原田と反田恭平という実力ある若手音楽家をこの日、コンサートマスターを務めた郷古廉ら若返ったN響メンバーが渾身の熱演で支えるという情熱にあふれた演奏が繰り広げられた。
N響のABCすべてのプログラムを日本の若手指揮者3人に任せるという試みは1980年代終盤から90年代前半にかけて何度か行われた。当時はN響の偉い先生たちが若手指揮者に睨みをきかせながら、その力を品定めするかのような雰囲気があったが今はまったく異なり、若い音楽家同士が一緒に力を合わせて音楽を作り上げていくという意識が横溢(おういつ)していることが客席にも伝わってきた。
当の原田もN響とはこれまでも何度か共演していることから特に気負った様子はなかったが、1曲目の「夢想」が珍しい作品だっただけに、いつもよりは丁寧に振っていた印象。2曲目、反田をソリストに迎えてのピアノ協奏曲は、ショパンの影響を強く受けたとされるスクリャービン初期の作品だけにメランコリックな雰囲気を湛えた曲想が特徴である。反田は実際にオケとこの曲を弾くのは初めてだったそうだが、かなり研究して臨んだのであろうことが分かる掘り下げた演奏を披露。特に変奏曲になっている第2楽章の変化に富んだ音楽作りが出色の出来であった。そんな反田のピアノを原田とN響は手堅く支え、演奏全体に深みと奥行きを与えていた。ショパンの協奏曲を想起させるような第3楽章を終えると客席からは万雷の喝采が。これに応えて反田はショパンのマズルカ第34番ハ長調をアンコール。スクリャービンの協奏曲がいかにショパンの影響を受けたものであるかを改めて実際の演奏で示した。
メインは交響曲第2番。この曲を生で聴いたことがある人はこの日の客席にいったい何人いたのであろうか。筆者も初めてであった。とはいえ、原田は作品のテクスチャーを分かりやすく整理して、その魅力を存分に引き出して聴かせてくれた。特に続けて演奏される第4楽章と第5楽章における暗から明への転換は鮮やかで、その流れを加速させながら輝かしいフィナーレを構築して締めくくった。
【沖澤のどか指揮 Cプログラム】
N響だけでなく在京のオーケストラを毎月、同じ会場、ほぼ同じような席で聴いていると力のある指揮者が指揮台に立った時、そのオケがいつにも増してよく鳴っているな、と感じることが時々ある。沖澤のどかが登場したオール・フランスもののCプロもまさにそんな演奏会であった。取材したのは初日、14日の公演。
沖澤も特に肩の力が入った様子もなく伸び伸びと自分の音楽をオーケストラに伝えようとしていた。1曲目、イベールの「寄港地」からN響のフランスもののベースを作ったシャルル・デュトワとも、近年定期的に客演しているトゥガン・ソヒエフとも違う独自の音作りをしてみせたところに彼女の才能の一端を垣間見ることができた。2曲目はロシア出身のデニス・コジュヒンの独奏でラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲。コジュヒンは左手だけで弾いているとは信じられないほどの多彩な音色を繰り出し、沖澤とN響も生き生きとしたタッチで絶妙に寄り添っていく。盛大な拍手にコジュヒンはチャイコフスキーの「こどものアルバム 24のやさしい小品」から〝教会で〟をアンコールして応えた。
3曲目、ドビュッシーの夜想曲も沖澤ならではの繊細な響きの作り方が際立つ仕上がり。オーボエ首席の𠮷村結実をはじめとする木管セクションのハイレベルな個人技も全体の完成度をさらに高めていた。
【鈴木優人指揮 Bプログラム】
Bプロは古楽から現代ものまで幅広いレパートリーを器用にこなす鈴木優人で、ドイツ・オーストリア作品の演目。取材したのは初日、19日の公演。
この日の白眉はなんといってもイザベル・ファウストを迎えてのシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲である。彼女のシャープかつ柔軟なヴァイオリンによって難解とも思われがちな十二音技法を活用したこの曲が実に濃厚な美しさを湛えて響いたからである。鈴木とN響も複雑な和声でも響きを混濁させることなく、ファウストの独奏と能動的な対話を繰り広げてみせた。大喝采に応えてファウストはニコラ・マッテイス(父)の「ヴァイオリンのためのエア集 第2巻」〝パッサッジョ・ロット〟をアンコールした。
新ウィーン楽派の作品では、複雑な和声を巧みに整理して作品の美観を見事に浮き彫りにした鈴木だったが、最後のシューベルトでは少し意外な印象を持った。管楽器がフルート1、オーボエ・ファゴット・ホルンが各2本と少数なのに弦楽器はなぜか12型の比較的大きな編成だったからである。N響の厚い弦セクションによる主旋律が管楽器の対旋律などを塗りつぶすような印象が拭い切れなかった。構造よりも旋律の流れを重視していたのであろうか、その意図がいまひとつ伝わって来なかった。古楽演奏のオーソリティでもある鈴木だけに、ピリオドのスタイルに寄せた室内楽的なシューベルトを期待したのは筆者だけではなかったのではないか、とも感じた。
公演データ
NHK交響楽団6月定期公演
〇Aプログラム
6月8日(土)18:00、9日(日)14:00 NHKホール
指揮:原田 慶太楼
ピアノ:反田 恭平
コンサートマスター:郷古 廉
スクリャービン:夢想Op.24
スクリャービン:ピアノ協奏曲嬰ヘ短調Op.20
スクリャービン:交響曲第2番ハ短調Op.29
〇Cプログラム
6月14日(金)19:30 、15日(土)14:00 NHKホール
指揮:沖澤 のどか
ピアノ:デニス・コジュヒン
合唱:東京混声合唱団
コンサートマスター:郷古 廉
イベール:寄港地
ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲
ドビュッシー:夜想曲
〇Bプログラム
6月19日(水)19:00、20日(木)19:00 サントリーホール
指揮:鈴木 優人
ヴァイオリン:イザベル・ファウスト
コンサートマスター:西村 尚也(マインツ州立管弦楽団第1コンサートマスター)
ウェーベルン:パッサカリアOp.1
シェーンベルク:ヴァイオリン協奏曲Op.36
バッハ(ウェーベルン編):リチェルカータ
シューベルト:交響曲第5番変ロ長調D.485
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。