伝統と世代交代のバランスのもとに ウィーン・フィル、2年振りに来日

左から、コンサートマスターのホーネック、指揮を務めたソヒエフ(中央)、ソリストのラン・ラン=14日 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
左から、コンサートマスターのホーネック、指揮を務めたソヒエフ(中央)、ソリストのラン・ラン=14日 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の日本定期公演ともいえる「ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン2023」について報告する。取材したのはサントリーホールにおける11月12日と14日の公演。指揮はいずれもトゥガン・ソヒエフで、14日のソリストはラン・ラン。
(宮嶋 極)

 

ウィーン・フィル(以下、WPH)の来日は2年ぶり38回目となる。これは海外の主要オケとしては最多の回数であろう。この数字からもWPHが日本の音楽ファンから圧倒的な支持を集めていることが分かる。サントリーホールにおける初日となった12日、コンサートマスターのライナー・ホーネックを先頭にステージに登場したメンバーは随分と若返ったように見えた。かつての名物団員はほとんどいなくなり、世代交代が急速に進んでいるようだ。

 

1曲目はリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」。上の倍音を多く含んだエッジの利いた高音が際立つWPHならではのサウンドがものをいう作品である。世代交代が進み、かつての強い個性が薄らいだといわれているが、こうした作品を通して聴くとWPHの美しいサウンドは継承されていることは明らかであろう。

 

先月中旬の本拠地ウィーンにおける公演、それに続く韓国ツアーから連続して指揮台に立つソヒエフだが、当初日本公演はフランツ・ウェルザー=メストが指揮するはずだった。しかしウェルザー=メストは病気療養のため来日できず、日本へもソヒエフが帯同。このため「ツァラ…」はこの日初めての演奏となり、関係者によると本番直前まで入念にリハーサルを行ったそうだ。それが奏功したのか前述したWPHの美点を十分に引き出しつつ、緊密なアンサンブルによってリヒャルト・シュトラウス独特の音楽世界を濃厚なタッチで現出させていた。オケ全体も豊かによく鳴っていた。

新たな風を取り込みつつ、伝統をも継承するウィーン・フィル 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
新たな風を取り込みつつ、伝統をも継承するウィーン・フィル 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール

2曲目のブラームスの交響曲第1番は伝統的スタイルを踏襲した演奏。あたかも20世紀の巨匠指揮者が振っているかのように聴こえた。例えば第4楽章の展開的再現部、268小節目のアウフタクト(前拍)から木管と同じ旋律をホルンにも4回吹かせていたのはカラヤンやベームといった巨匠たちの慣習的なやり方である。(記譜上ホルンは2回だけ)

 

盛大な喝采に応えてヨハン・シュトラウスⅡのワルツ「春の声」と「トリッチ・トラッチ・ポルカ」の2曲をアンコール。前半のリヒャルト同様、ヨハンでもWPHの魅力が全開となり、客席を大いに沸かせた。オケ退場後も拍手は鳴り止まず、ソヒエフのソロ・カーテンコールとなった。

 

14日の公演はラン・ランをソリストに迎えてサン・サーンスのピアノ協奏曲第2番、プロコフィエフの交響曲第5番の演目。久しぶりに聴くラン・ランは以前に比べると演奏内容はもちろん、その仕草も少し落ち着いたような感じがした。第1、第2楽章では自分の中の内なる音楽に眼差しを向けるかのような仕草で表現を掘り下げ、プレストの第3楽章になって彼らしいスーパーテクニックを駆使し弾むような軽やかな演奏を繰り広げた。この楽章では緩急自在なピアノにWPHは自然に寄り添っていたのも感心させられた。さすが普段、オペラで多くの場数を踏んでいるだけあって、こうした柔軟性もこのオケの魅力のひとつといえよう。ラン・ランはアンコールとして映画「ザ・マペット・ムービー」からのナンバーを弾き、さらなる喝采を集めていた。

度々ウィーン・フィルとの共演を重ねるラン・ラン 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
度々ウィーン・フィルとの共演を重ねるラン・ラン 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール

プロコフィエフはソヒエフの解釈に沿ってアグレッシブで現代的なサウンドを響かせた。こうした点などにWPHの若返りと国際化の一端が表れていたが、ベルリン・フィルなどに比べるとそれはかなり控えめなものである。メンバー表を見てもオーストリアと旧関係国、そしてドイツ出身者が大半を占めていることからも伝統の継承にある程度、重きを置いていることは明らかだ。

 

この日もアンコールはヨハン・シュトラウスⅡの「インディゴと40人の盗賊」序曲とポルカ・シュネル「雷鳴と稲妻」の2曲。そして、ソヒエフのソロ・カーテンコールも行われ、〝ウィーン・フィル通〟の日本の聴衆から盛大な喝采が贈られ、彼は満面の笑みを浮かべて応えていた。

14日、公演後のレセプションで挨拶する(右から)ソヒエフ、ラン・ラン、ダニエル・フロシャウアー楽団長
14日、公演後のレセプションで挨拶する(右から)ソヒエフ、ラン・ラン、ダニエル・フロシャウアー楽団長

公演データ

ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2023

東京・サントリーホールでの公演

指揮:トゥガン・ソヒエフ
ピアノ:ラン・ラン

〇11月12日(日)16:00
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」Op.30
ブラームス:交響曲第1番ハ短調Op.68

〇14日(火)19:00
サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番ト短調Op.22
プロコフィエフ:交響曲第5番変ロ長調Op.100

〇18日(土)16:00
ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調Op.60
ブラームス:交響曲第1番ハ短調Op.68

〇19日(日)16:00
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」Op.30
ドヴォルザーク:交響曲第8番ト長調Op.88

※他都市の公演はサントリーホール ホームページをご覧ください。
ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2023

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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