~88~ 没後100年のプッチーニの管弦楽

7月に上演される東京二期会のプッチーニ「蝶々夫人」=2019年公演より 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:三枝近志
7月に上演される東京二期会のプッチーニ「蝶々夫人」=2019年公演より 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:三枝近志

今年は、ジャコモ・プッチーニの没後100年にあたり、彼のオペラが例年以上に上演されている。7月に兵庫県立芸術文化センターと東京二期会がそれぞれ「蝶々夫人」を上演するほか、秋には、全国共同制作オペラで「ラ・ボエーム」(引退する井上道義による最後のオペラ指揮)が全国7都市で上演される。

 

プッチーニといえば、まず、メロディの美しさが思い浮かぶが、実のところ、イタリア・オペラのなかでは際立ってオーケストレーション(管弦楽法)の優れた作曲家であったと筆者は思う。

 

たとえば、「蝶々夫人」第2幕での「ハミング・コーラス」。夜が更けていくなか、ピンカートンを待つ蝶々さんの気持ちを表す繊細で柔らかで美しい音楽に、プッチーニは歌詞を伴わないコーラスを使う。その発想自体が素晴らしいが、そこで一緒にメロディを奏でるのがヴィオラ・ダモーレのソロというのも独創的である。ヴィオラ・ダモーレの「ダモーレ」は「愛の」を意味し、音色だけでなく、その象徴的な意味も音楽に付け加えようとしたに違いない。

 

あるいは、「トスカ」の第1幕の最後の約5分間。静寂のなかスカルピアが「行け、トスカ」とトスカへの欲情をのせたアリアを歌い出し、最後には聖歌隊による「テ・デウム」やオルガンも入り、聖俗が交じり合って最大音響が作り上げられる。また、第3幕のカヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」ではアリアを先導するクラリネットのソロが印象的だが、その直前にあるチェロの四重奏も聴き逃せない。「マノン・レスコー」の間奏曲のヴィオラのソロは、オーケストラ曲でのヴィオラのソロの中で最もその楽器の魅力を引き出したものではないかと思う。特殊なオーケストレーションでは、「修道女アンジェリカ」があげられる。「奇跡」と記されたラストシーンでは、天使の合唱(女声、男声、児童合唱)、バンダ(ピアノ、オルガン、鐘を含む別動隊のオーケストラ)も加わり、奇跡的な音響が創出される。

 

プッチーニは、オペラを書き始める前、ミラノ音楽院時代に2つの管弦楽作品を書いている。「交響的前奏曲」は、1882年7月に学内のコンサートで初演された。オペラを思わせる美しい旋律の出てくる作品である。音楽院卒業制作として作曲された「交響的奇想曲」は、1883年7月に初演された。途中で「ラ・ボエーム」の冒頭とそっくりの音楽が出てきて、驚かされる。プッチーニは「交響的奇想曲」の音楽を13年後の「ラ・ボエーム」に転用したのである。彼の最初のオペラである「妖精ヴィッリ」(1884)では、アリア「もしお前たちのように小さな花だったら」の序奏での鉄琴やハープの使用が非凡だし、アリアでの弦楽器伴奏の内声の動きに感心させられる。プッチーニは最初から管弦楽法の名手であった。

 

プッチーニの最後のオペラ「トゥーランドット」では、各幕(第3幕はアルファーノの補筆版であるが)の最後の大合唱と大管弦楽が作り出す大音響がまるでマーラーの交響曲のような迫力だ。

 

プッチーニは、オーケストラ・ファンにもおススメの作曲家である。

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山田 治生

やまだ・はるお

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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