最後に音楽だけが残る~庄司とカシオーリのリサイタル
庄司紗矢香とジャンルカ・カシオーリの来日公演からサントリーの一夕を聴いた。
1曲目のモーツァルトは、楽器の発音の瞬間を意識させる、すなわち多様なアーティキュレーションで音楽を語らせるピリオド風のアプローチで音色は極上。第1楽章は軽やかなテンポで雀躍とし、ヴィブラートを抑えたヴァイオリンとペダルの扱いの巧みなピアノで響きはどこまでも澄んでいる。後半の繰り返しのフェルマータで庄司は短いカデンツァを入れる。
緩徐楽章は甘美な音色で旋律と伴奏のバランスが絶妙。終楽章は長閑なグラツィオーゾで始まったと思えば、緊張と陰影も欠かさず、途中の全休止でカシオーリが何かに驚いたように両手を上げたまま静止、気を取り直したかのように再び主題が奏でられる(まさに音楽の修辞学だ)。後半もピアノは初期ピアノの変音装置を彷彿させる光沢を抑えた音色でコーダはチャーミング。18世紀の音楽の文法に適(かな)うと同時に霊感と創造性に富んで楽しい。
続いてシューマンやブラームスらが友人ヨアヒムの誕生日に贈ったFAEソナタ全4楽章。こちらは二人ともいくぶん重みのある音色でヴァイオリンはフレージングを粘らせ、わずかにアゴーギクを施す。第2楽章は心を震わせるヴィブラートとともにヴァイオリンを嫋々(じょうじょう)と歌わせ、第3楽章はリズムやアクセントを強調。総じてピアノが音楽の骨格を作り、そのなかでともに内面的で密度の高い演奏を繰り広げる。3人の作曲家たちの個性が示されるとともに、友人への親密な想いを感じさせる。
休憩後のダラピッコラの「タルティニアーナ」第2番は、〝悪魔のトリル〟で知られるタルティーニへのオマージュのような作品だが、明度の高いテクスチャーと愉悦に富んだブーレのリズムなどを通して、作品のユニークな魅力が新鮮な感銘とともに伝えられる。
そして最後のブラームスのソナタ第1番「雨の歌」。第1楽章は静寂の中から音が立ち上がるように始められ、ともに自然な音楽の流れのなかで繊細に、そして情熱と高揚をもって「歌い」「語り合う」。どこまでも優しいヴァイオリンの第2主題、抑えに抑えた「歌」が美しい第2楽章、憧れに満ちたヴァイオリンとソット・ヴォーチェのピアノの織りなす夢幻的で詩的な第3楽章。フォルテの表現でさえ、それを包み込む優しさがある。どの曲も一瞬たりとも何気なく出された音はなく、すべてにおいて心を通わせ、表現は濃(こま)やか。庄司は最後の音が消えても弓を下ろさない。こらえきれなくなった客が思わずフライング(まだ早い!)。ゆっくりと最後まで弓を下ろして熱い拍手が沸き起こった。
アンコールは洒脱でミステリアスな薫りを残すブラームスのソナタ第3番の第3楽章と、徹底して弱音の世界でたゆたうシューマンの「夕べの歌」。いつしか楽器を弾いていることを忘れさせ、聴き終えて最後に音楽だけが残る。もはや音楽家を超えた芸術家だ。
(那須田務)
公演データ
庄司紗矢香 ジャンルカ・カシオーリ デュオ・リサイタル
3月6日(金)19:00サントリーホール 大ホール
ヴァイオリン:庄司紗矢香
ピアノ:ジャンルカ・カシオーリ
プログラム
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第24番 ヘ長調 K.376
ブラームス、ディートリッヒ、シューマン:F.A.E.ソナタ イ短調
ダラピッコラ:タルティニアーナ第2番
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調 Op.78「雨の歌」
アンコール
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第 3番より第3楽章
シューマン:夕べの歌
他日公演
3月 7 日(土)15:00水戸芸術館 コンサートホールATM
なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。










