セバスティアン・ヴァイグレ指揮 読売日本交響楽団 第654回定期演奏会

「古き良き時代」のドイツ人気質を21世紀の東京で聴いた!

セバスティアン・ヴァイグレがタクトを振りおろすまで日本で一度も演奏されたことのない大曲、しかもゴリゴリ保守で反ユダヤ主義の作曲家が「ドイツ精神について」と名付けた作品を聴くのは、かなりハードルの高い作業ではないかと身構えていた。だが約90分の全曲の半分を占める第1部「人間と自然」の1曲目、「きっと君の考えるようにはならない」が4人の優れた独唱者に導かれ始まった段階で、先入観の誤りを悟った。

プフィッツナーのカンタータ「ドイツ精神について」が、セバスティアン・ヴァイグレの指揮で日本初演された ©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
プフィッツナーのカンタータ「ドイツ精神について」が、セバスティアン・ヴァイグレの指揮で日本初演された ©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

作曲時期は1920〜21年。ハンス・プフィッツナー(1869-1949)は1908年からドイツ領シュトラスブルクに居を構え、オーケストラ指揮者や歌劇場音楽監督、音楽院教授として大活躍したが、ドイツの第一次世界大戦敗戦を受けたヴェルサイユ条約で同地がフランス領ストラスブールとなり、最終的にミュンヘンへと逃れた。もともと前衛音楽には批判的だった上に、「ヴェルサイユ体制は、彼のなかのドイツ・ナショナリズムを強める要因となった」(公演プログラムに載った長木誠司氏の楽曲解説)という。

「ドイツ精神について」ではプフィッツナーがドイツの愛国精神の体現と考えたヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ(1788―1857)の詩集からテキスト(歌詞)を編み、ところどころに管弦楽のみの楽曲がはさまる。和声音楽を極めた豊潤なオーケストラは時にマーラーを思わせ、合唱と管弦楽が大音量で渡り合う場面には、カール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」(1936)を先取りしたような感触もある。作曲者自身は楽曲の形態を独自の「アイネ・ロマンティッシェ・カンターテ」(一つのロマンティックなカンタータ)と名付け、全体を貫く物語が存在しない代わり、ドイツ人の心情や死生観、自然観照などが管弦楽と独唱、重唱、合唱の様々な組み合わせで歌い継がれていく。

ドイツ人の心情や死生観、自然観照などが管弦楽と独唱、重唱、合唱の様々な組み合わせで歌い継がれた©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
ドイツ人の心情や死生観、自然観照などが管弦楽と独唱、重唱、合唱の様々な組み合わせで歌い継がれた©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

「ドイツ精神」よりも「ドイツの魂」と呼んだ方が適確と思える楽曲を、ヴァイグレは暖かな音色と緻密な声楽の扱いで美しく再現した。弦は14型(第1ヴァイオリン14人)と小ぶりだが、管楽器は基本4管でホルンは7人、ハープ2台、ティンパニ2台、ギター、パイプオルガンを交えた編成は厚みと色彩感に富む。柔らかく透明な弦のアンサンブルの上にフルートの倉田優、オーボエの荒木奏美、クラリネットの金子平、トランペットの辻本憲一、コンサートマスター林悠介らの巧みなソロの妙技の花が咲いた。

ヴァイグは、暖かな音色と緻密な声楽の扱いで「ドイツ精神について」を美しく再現した©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
ヴァイグは、暖かな音色と緻密な声楽の扱いで「ドイツ精神について」を美しく再現した©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

ヴァイグレはオペラの経験が豊かなうえ、カントール(教会楽長)の家系の出身なので声楽の扱いに長けている。透明度と強靭さを兼ね備えたソプラノのマグダレーナ・ヒンタードブラー、明晰なディクションで切々と語りかけるメゾ・ソプラノのクラウディア・マーンケ、「体調が万全ではない」旨のアナウンスがあったにもかかわらずキャラクターの強い声で歌い切ったテノールのシュテファン・リューガマー、急な代役ながら安定した美声で他3人と拮抗したバスのクワンチュル・ユンと、ソリストの人選も秀逸だ。冨平恭平に率いられた新国立劇場合唱団も発音、発声の両面で高水準の共演を果たした。

ソリストたちが、充実の歌声を聴かせた。左からマグダレーナ・ヒンタードブラー(ソプラノ)、クラウディア・マーンケ(メゾ・ソプラノ)、シュテファン・リューガマー(テノール)、クワンチュル・ユン(バス)©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
ソリストたちが、充実の歌声を聴かせた。左からマグダレーナ・ヒンタードブラー(ソプラノ)、クラウディア・マーンケ(メゾ・ソプラノ)、シュテファン・リューガマー(テノール)、クワンチュル・ユン(バス)©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

プフィッツナーは第二次世界大戦でも爆撃を受けた寝台車で九死に一生を得たり、自宅が全焼したりと災難に見舞われ、戦後はヒトラー「第三帝国」との親密な関係が命取りとなって復活の機会を逸したまま亡くなった。強烈な人格や主義主張はともかくとして、20世紀2度の世界大戦に振り回された人生だったことは確かだ。その死後77年を経た21世紀の東京で鳴り響いた「ドイツ精神について」は、物々しいタイトルとは裏腹に、「古き良き時代」のドイツ人の心のあり方に思いをはせる、味わい深い音楽体験だった。

(池田卓夫)

公演データ

読売日本交響楽団 第654回定期演奏会

1月20日(火)19:00サントリーホール 大ホール

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
ソプラノ:マグダレーナ・ヒンタードブラー
メゾ・ソプラノ:クラウディア・マーンケ
テノール:シュテファン・リューガマー
バス:クワンチュル・ユン
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮=冨平恭平)
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:林悠介

プログラム
プフィッツナー:カンタータ「ドイツ精神について」 Op.28(日本初演)

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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