自己の音楽世界をそなえた個性豊かなピアニストであることが示されたリサイタル
ショパン・コンクールの覇者エリック・ルーのショパンを聴く貴重な機会ということもあってチケットは完売。客席とステージの明かりを絞ってピアノにスポットをあてたステージに、長身痩躯(そうく)のルーが登場、ノクターン嬰ハ短調を弾き始める。ピアノ椅子ではなく普通のパイプ椅子なのは、楽曲にふさわしいタッチを求めた結果だろう。アルペジオも右手のメロディーもソット・ヴォーチェの指示通りの柔らかく軽やかな音色で淡く儚(はかな)げ。中間部で一気にテンションを上げて劇的に。最後の嬰ハ長調に転調した個所の天から差し込む光のような右手のパッセージが印象的だ。
次の曲はプログラムではポロネーズだが、前曲が終わるとそのまま「舟歌」に。確かにこの方が曲想からいっても自然だ。ゆったりとしたテンポで内声をくっきり際立たせ、高音の軽やかなパッセージが快い。ここからポロネーズを2曲。第5番嬰へ短調。冒頭は柔らかなタッチで弾かれ、ポロネーズのリズムが出てきたところから力強い打鍵で情熱を帯びる。わずかなテンポの揺らぎや楽想の関連においていくぶん感覚的でそこが彼の個性でもあり、魅力でもあるのだがこの曲は今一つ纏(まと)まりに乏しい。前半最後の「幻想ポロネーズ」は、コンクールの本選の曲ということもあって、完全に手のうちに入った素晴らしい演奏だった。序奏の弱音のアルペジオは現れる度に表情を変え、ポロネーズのリズムはそれほど際立たせないものの、楽想や和声の変化が明快で味わい深いフレージング(歌い回し)とともに頂点の築き方が巧み。
後半一曲目のポロネーズOp.71の2は即興的な趣があり優美で洒脱。この曲からピアノ椅子に変え、サウンドに重みが増してより豊かになった。声部の音色も良く整理されていて響きの明度も高い。ソナタ第3番の第1楽章も脱力のタッチによる柔らかく豊かなサウンドで音楽の流れも自然。第2楽章冒頭のパッセージはなめらかでしなやか、中間部のトリオの夢見るような歌が味わい深い。第3楽章ラルゴが絶品。卓越したフレージングやフレーズの間、整理されたソノリテ(音色)の制御力というルーのピアニズムの美質が発揮。悠然と弾かれた終楽章も同様で完成度の高い秀演だった。
アンコールは3曲。すみずみまで心を通わせたワルツもさることながら、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」の主題が見事。巧みな声部の弾き分けはとりわけバッハに求められるもの。その上、表現は繊細にして精妙、繰り返しで任意な変奏を施すなど実に聴かせる。是非とも全曲を聴いてみたい。確固とした自己の音楽世界を持つ個性豊かなピアニストであることが示されたリサイタルだった。(那須田務)
公演データ
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
~エリック・ルー ピアノ・リサイタル
12月15日(月)19:00東京オペラシティ コンサートホール
ピアノ:エリック・ルー
プログラム
ショパン:
ノクターン第7番 嬰ハ短調 Op.27-1
ポロネーズ第5番 嬰ヘ短調 Op.44
舟歌 嬰ヘ長調 Op.60
ポロネーズ 変イ長調 Op.61「幻想」
ポロネーズ第9番 変ロ長調 Op.71-2
ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 Op.58
アンコール
ショパン:ワルツ第7番嬰ハ短調Op64-2、同第5番変イ長調Op.42
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV988より「アリア」
他日公演
12月16日(火)19:00東京芸術劇場 コンサートホール
※プログラム等の詳細は、公式サイトをご参照ください。
https://chopin.japanarts.jp/recital.html
なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。










