ロス・ジェイミー・コリンズ指揮 東京交響楽団 第737回 定期演奏会

進化を続ける大谷康子と、オケを鮮やかに鳴らすコリンズが聴かせた極上の米国プログラム

東京交響楽団の名誉コンサートマスターである大谷康子のデビュー50周年を記念する定期演奏会。もともと秋山和慶が指揮し、大谷がウィントン・マルサリスのヴァイオリン協奏曲を弾き、コープランドの交響曲第3番が演奏されるという米国音楽プログラムが組まれたが、今年1月にマエストロが急逝したため、代役として、フィンランド系英国人のロス・ジェイミー・コリンズが抜擢(てき)された。コリンズは2001年生まれというから今年24歳。2025年2月に初来日し、東響と共演している。

東京交響楽団の名誉コンサートマスターである大谷康子のデビュー50周年を記念する定期演奏会。指揮者を務めたのは、24歳のフィンランド系英国人ロス・ジェイミー・コリンズ ©N.Ikegami/TSO
東京交響楽団の名誉コンサートマスターである大谷康子のデビュー50周年を記念する定期演奏会。指揮者を務めたのは、24歳のフィンランド系英国人ロス・ジェイミー・コリンズ ©N.Ikegami/TSO

ジャズ・トランペット奏者として高名なウィントン・マルサリスは、クラシック音楽の作曲にも取り組んでいて、ヴァイオリン協奏曲は2015年に書き上げられた。45分に及ぶ大曲。3管編成で多数の打楽器を要する。第1楽章冒頭、大谷はゆったりと歌い始める。その後、警笛が鳴らされたり、ジャズ・バンドのような音楽になったり。第2楽章では超絶的な速弾きを披露。長いカデンツァを経て、第3楽章「ブルース」ではポルタメントを交えて歌い込む。そして、第4楽章は、オーケストラの足踏み、手拍子入りの陽気なパーティー。哀愁を帯びたメロディも奏でられる。トランペット、トロンボーンにスーザフォンも立奏するとビッグ・バンドのよう。

マルサリス「ヴァイオリン協奏曲」ではトランペット、トロンボーンにスーザフォンが立奏し、ビッグ・バンドのようだった ©N.Ikegami/TSO
マルサリス「ヴァイオリン協奏曲」ではトランペット、トロンボーンにスーザフォンが立奏し、ビッグ・バンドのようだった ©N.Ikegami/TSO

最後は大谷が舞台から客席へ降りて演奏。大谷が長年培ってきた多彩な音楽性が、クラシック音楽のヴィルトゥオジティ、カントリー・ミュージックのフィドル、ブルース、ジャズなどが混ぜ合わさったこの協奏曲で生かされた。そして、大谷が21年間コンサートマスターを務めた東響が非常に協力的で柔軟な演奏で彼女に応えた。

最後は大谷が舞台から客席へ降りて演奏 ©N.Ikegami/TSO
最後は大谷が舞台から客席へ降りて演奏 ©N.Ikegami/TSO

大谷はソロ・アンコールでアルベニスの「アストゥリアス(伝説)」を弾いた。50周年の締め括(くく)りにしんみりとした曲を奏でるのではなく、敢えて、速弾きを含む技巧的で民族色の濃い作品を選ぶところに、進化を続ける彼女の矜持を感じる。

後半は、コープランドの交響曲第3番。第1楽章は米国の大自然を思わせる清々しい音で始まる。素朴さを表す木管楽器陣の音色が素晴らしい。第2楽章ではコリンズがオーケストラを鮮やかに鳴らす。東響の明るい音が作品に合っている。第4楽章では金管楽器陣がファンファーレを決め、弦楽器群がアンサンブル力の高さを示す。コリンズは、粗野になることなく、作品をじっくりと美しく描く。彼は、まだ24歳であるが、コープランドの交響曲第3番の魅力を十分に引き出していた。

(山田治生)

コリンズの指揮は、コープランドの交響曲第3番の魅力を十分に引き出した ©N.Ikegami/TSO
コリンズの指揮は、コープランドの交響曲第3番の魅力を十分に引き出した ©N.Ikegami/TSO

公演データ

東京交響楽団 第737回定期演奏会

12月13日(土)18:00サントリーホール 大ホール

指揮:ロス・ジェイミー・コリンズ
ヴァイオリン:大谷康子
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:景山昌太郎

プログラム
マルサリス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調
コープランド:交響曲 第3番

ソリスト・アンコール
アルベニス:アストゥリアス(伝説)

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山田 治生

やまだ・はるお

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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