尾高忠明と大阪フィルによる伝統の新たな継承を感じさせる「田園」と「運命」
尾高忠明が大阪フィルの音楽監督に就任して2度目のベートーヴェン・チクルスの第3弾では、交響曲第5番「運命」、6番「田園」が演奏された。今回のチクルスには〝原点にして頂点〟というサブタイトルが付けられ、それにふさわしい演奏が続いている。
「田園」の副題で知られる交響曲第6番は、古代ギリシャ以来の伝統を持つ牧歌的な性格を持つパストラーレの延長線上に位置する作品で、素朴な田舎の風景を音で描写した作品という印象が付いているが、この演奏は、そのイメージとは違う「音の饗宴」のような演奏となった。
各楽器がそれぞれの音楽を最大限に主張、ともすれば雑多で混乱しそうな空間を尾高は絶妙のバランスをとって雄弁に音楽を進めていく。そのバランスの中では、この時代に機能的に進化した管楽器がこの作品における使用法で、表現の幅をさらに広げ、後の時代のブラームスやブルックナーに継承されていく道筋さえ感じさせた。
さらに弦楽器の俊敏で多層性を持つ動きは、前述の作曲家に加え、メンデルスゾーンが18曲の交響曲(うち1曲は交響的断章)で極めた弦楽器群の発展への道筋さえ想像させる。
後半に置かれた交響曲第5番でも、管楽器と弦楽器の主張が時には同化、ある時には対立し、ベートーヴェンが打ち立て、後のリストやワーグナー、さらにその影響を受けたエルガーなどに引き継がれた音のドラマの発端を明確に感じさせる演奏となった。
尾高は、就任直後にベートーヴェンの交響曲が、その後の音楽に影響を与えてきたことから、自らと大阪フィルの音楽づくりの出発点と考えて、最初のチクルスを行った。その後にブラームス、ドヴォルザーク、メンデルスゾーン、ブルックナーなどのチクルスを重ね、後の作曲家の視点からベートーヴェンの作品の持つ「原点にして頂点」といういまの大阪フィルに可能な表現力を駆使して、充実したチクルスを続けている。
もちろん、朝比奈隆が根付かせた〝ドイツ・オーストリア〟音楽の演奏の伝統を備えた楽団だからこそ、こういった新たな伝統の継承が可能なのはいうまでもない。
あと2回となったチクルスの今後も目が離せないが、すでにエクストンから、第1弾(交響曲第1、2番)のライブシリーズがリリース、第2弾(交響曲第3、4番)が24日に、リリースされる。チクルスの今後に触れる前に録音によって耳で 咀嚼(そしゃく)することも可能だし、このチクルスを理解するうえで有意義だと思う。
(平末 広)
公演データ
ザ・シンフォニーホール特別演奏会 ベートーヴェン・チクルスⅢ
12月11日(木)19:00ザ・シンフォニーホール(大阪)
指揮:尾高忠明
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙
プログラム
ベートーヴェン:交響曲第6番 へ長調Op.68「田園」
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調Op.67「運命」
ひらすえ・ひろし
音楽ジャーナリスト。神戸市生まれ。東芝EMIのクラシック担当、産経新聞社文化部記者、「モーストリー・クラシック」副編集長を経て、現在、滋賀県立びわ湖ホール・広報部。EMI、フジサンケイグループを通じて、サイモン=ラトルに関わる。キリル・ぺトレンコの日本の媒体での最初のインタビューをしたことが、ささやかな自慢。










