新国立劇場2025/2026シーズン クリストフ・ヴィリバルト・グルック「オルフェオとエウリディーチェ」

音楽と劇の合一性が示された美しい舞台

グルックの名作オペラの初日、2022年に鈴木優人の指揮でプレミア上演されたプロダクションのキャスティングを変えての再演である。ウィーン初演版にパリ版のいくつかの舞曲を加えたスコアのイタリア語上演で、指揮は園田隆一郎。オルフェオ役はカウンターテナーから女声のアルトになったが、ウィーンにおける初演ではアルト・カストラートが歌ったので、どちらも適切な選択だし、ミンガルドの輪郭のはっきりとした美声とすらりとした容姿は役柄とこの舞台にふさわしい。

オルフェオ役のサラ・ミンガルド 撮影:阿部章仁 提供:新国立劇場
オルフェオ役のサラ・ミンガルド 撮影:阿部章仁 提供:新国立劇場

序曲はモダンのオーケストラと劇場の響きにかなったほどよいテンポ。欲を言えば、アーティキュレーションが意識され、もっとアンサンブルが揃ってサウンドにスピリットが感じられるといいが、回を重ねるうちに良くなるだろう。園田はオペラの練達の人らしく、合唱や歌手に呼吸を合わせつつ、流れるように演奏を進める。葬送の悲しみは決して主情的にならず、ある種の静けさと調和が保たれていて、そこに古典主義ないし新古典主義的な美学を見ることができるかもしれない。ミンガルドの歌唱は繊細で気品に溢れ、丁寧に歌詞の情感を歌う。登場人物の心の表現など、次元を超えた存在として舞台に漂うダンサーたちの動きやダンスがすばらしい。

ダンサーたちの動きやダンスがすばらしかった。左からオフィーリア・ヤング、ハビエル・アラ・サウコ、アレクサンドル・リアブコ 撮影:阿部章仁 提供:新国立劇場
ダンサーたちの動きやダンスがすばらしかった。左からオフィーリア・ヤング、ハビエル・アラ・サウコ、アレクサンドル・リアブコ 撮影:阿部章仁 提供:新国立劇場

第2幕の復讐の女神や死霊たちの舞踏も、オルフェオが拒否される場面も決して激し過ぎない。オルフェオの訴えが叶い導かれた楽園の場面。舞台後方の影のような合唱、命を象徴する大きな花。「精霊の踊り」のダンサーの優美な舞。すべてが淡い色調の水彩画のような美しさ。アモーレの杉山由紀やエウリディーチェのトーレの歌と演技もよく馴染む。

エウリディーチェ役のベネデッタ・トーレ 撮影:阿部章仁 提供:新国立劇場
エウリディーチェ役のベネデッタ・トーレ 撮影:阿部章仁 提供:新国立劇場

第3幕のオルフェオとエウリディーチェの心のすれ違いや不安、恋人の静かな死とオルフェオの後悔。オルフェオの歌う〝エウリディーチェを失って〟からアモーレによる幸福な結末にいたるまで透明な静謐(せいひつ)感が支配し、どこか夢のなかの出来事のようだ。中庸を得た管弦楽、歌手たちの濃やかな演技と歌唱、純度の高い合唱、洗練された美術や衣裳のすべてが溶け合う。間違いなく他では見られないプロダクションであるとともに、グルックがこの作品で目指した音楽と劇の合一性の一つのありようが示された舞台だった。

(那須田務)

グルックが目指した音楽と劇の合一性の一つのありようが示された舞台だった 撮影:阿部章仁 提供:新国立劇場
グルックが目指した音楽と劇の合一性の一つのありようが示された舞台だった 撮影:阿部章仁 提供:新国立劇場

公演データ

新国立劇場2025/2026シーズンオペラ
クリストフ・ヴィリバルト・グルック「オルフェオとエウリディーチェ」

12月4日(木)14:00新国立劇場 オペラパレス

指揮:園田隆一郎
演出・振付・美術・衣裳・照明:勅使川原三郎
アーティスティックコラボレーター:佐東利穂子
舞台監督:村田健輔

エウリディーチェ:ベネデッタ・トーレ
オルフェオ:サラ・ミンガルド
アモーレ:杉山由紀

ダンス:佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコ、オフィーリア・ヤング、ハビエル・アラ・サウコ

合唱指揮:冨平恭平
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

プログラム
クリストフ・ヴィリバルト・グルック歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」
全3幕(イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)

他日公演
12月6日(土)14:00、7日(日)14:00 新国立劇場 オペラパレス

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那須田 務

なすだ・つとむ

音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。

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