クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル

心ある一流芸術家の真骨頂~めくるめく感興を呼びおこしたプレリュードの旅

いまから半世紀前の第9回ショパン国際ピアノ・コンクール(1975年)で優勝したのがクリスチャン・ツィメルマン。齢(よわい)70を前にした巨匠の髪やひげは真っ白で、恰幅(かっぷく)が良くなった。そんな威厳ある大家の創造意欲に、あらためて火をつける新機軸が登場した。それが「プレリュード&Co(その仲間たち)」と題し、弾く側がショパンやドビュッシーを始めとする作曲家のプレリュード(前奏曲)を自由に選んで並べ、聴衆と小一時間の旅に出る試みだ。奏者自身がプロデューサーになった粋なコンピレーションは抜群の面白さで、稀代の名ピアニストの魅力を再認識させた。

クリスチャン・ツィメルマンが「プレリュード&Co(その仲間たち)」と題したコンピレーションを披露した©Bartek Barczyk
クリスチャン・ツィメルマンが「プレリュード&Co(その仲間たち)」と題したコンピレーションを披露した©Bartek Barczyk

大胆なアイデアの実現に至った経緯を、ご本人がプログラムで詳述している。バッハの平均律クラヴィーア曲集から着想を得て、挑戦する勇気を得るまでに20年を要したが、70代を迎えるにあたり多くの好奇心を持った、との由。今回は63曲を事前に用意した。関係者によると、演奏会の前夜遅くに本人からセットリストが送られてきて、聴衆には会場配布の挟み込みで、ようやく全容が明らかになる。

ツアー開始時の全15曲は少しずつ入れ替えられて変貌し、筆者が11月29日に所沢ミューズで聴いた際は20曲、当夜は16曲の構成だった。スタトコフスキの前奏曲作品37-1からつながるバッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻」第1番前奏曲でひそやかに始まり、ラフマニノフの前奏曲作品3-2「鐘」で劇的に終わる流れは、基本的に同じようだ。核となるショパンやドビュッシーに、色合いが異なるスクリャービンやフォーレを加えて変化をつけ、ジャズ風味のガーシュウィンやカプースチンをアクセントにする。この日は、お国物のシマノフスキが2曲入り、幻想味が増した。

この日のプレリュード・セレクションには、お国物のシマノフスキが2曲入った©Bartek Barczyk
この日のプレリュード・セレクションには、お国物のシマノフスキが2曲入った©Bartek Barczyk

全体の印象としては「ロマンティックなメランコリーをめぐる諸相」といった趣。珠玉の名品それぞれの味わいを生かして、時に可憐に、時には夢見心地で、または陰鬱に、躍動的にと、めくるめく感興を呼びおこす。何より弾いているご本人が楽しそうで、唸り声を添えたり、勢いよく鍵盤から腕を上げたりと、気分が乗っている様子がありありだった。

自身で調整したスタインウェイは特別プログラムに合わせてか、タッチの硬軟や質量感をくっきり伝える敏感なセッティング。それもあって、前半のシューベルト「4つの即興曲」作品90では、尖鋭なリリシズムが奔流のようにあふれた。ハ短調の第1番では各声部の明瞭な分離が効果を上げ、変ホ長調の第2番は速いテンポで運動性を強調。終曲の中間部では熱っぽい歌い回しで力強く高揚し、全曲を通じて軽微な乱れを超えた意志的な勢いが勝った。追加されたドビュッシーの2曲は、磨き抜かれた美音でデリケートなセンスを示した。

まだまだルーティンに安住せず変化を求め続ける姿勢は、心ある一流芸術家の真骨頂とみた。

(深瀬満)

公演データ

クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル

12月3日(水) 19:00サントリーホール 大ホール

プログラム
シューベルト:4つの即興曲 Op.90, D899
ドビュッシー:アラベスク第1番
ドビュッシー:月の光(ベルガマスク組曲より)
プレリュード&Co(その仲間たち)~アーティスト・セレクション

他日公演
12月8日(月)19:00サントリーホール 大ホール
12月12日(金)19:00東京エレクトロンホール宮城
12月14日(日)17:00水戸芸術館 コンサートホール ATM
12月18日(木)19:00東京オペラシティ コンサートホール

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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