チャイコフスキーの壮快な音絵巻、大胆に踏み込んだリスト――直球勝負で臨んだリサイタル
実力派の若手ピアニスト、松田華音がチャイコフスキーとリストの大曲を並べたリサイタルに臨んだ。前者は1年の各月を題材にした小品12曲をまとめた「四季」作品37a、後者は大規模な単一楽章作品の「ピアノ・ソナタ」ロ短調。対照的な構成を採るふたつを前・後半に並べた直球勝負は、奏者の意気込みを示して余りある。
チャイコフスキー「四季」はこのところ人気が急上昇し、CDを出したり実演で取り上げたりするピアニストが増えた。幼くしてロシアで学び始め、モスクワ音楽院を首席で卒業した松田にとっては近しい存在のはずだが、敢えて距離を置いてきたという。それが今年6月にドイツ・グラモフォン(ユニバーサルミュージック)にCD3作目として録音を果たし、発売記念を兼ねる実演の機会が訪れた。
この作品には各曲にタイトルや関連する詩が添えられている。ロシア語が堪能な松田にとって、それらを原語でダイレクトに理解できる強みは計り知れない。当夜も明快な語り口で、積極的に各曲の性格表現や描き分けを行い、生き生きとしたニュアンスを通わせた。豊かな音量に乗って、テキストの情景が目に浮かぶような健康的かつ壮快な音絵巻が表れた。
3月「ひばりの歌」では濃い憂愁、7月「草刈り人の歌」では土臭い野趣と、曲想のポイントを押さえ、ホルンのこだまがリアルな9月「狩」と哀愁ただよう10月「秋の歌」の対比など、演出が巧み。アンコール2曲を含め、やはりチャイコフスキーは松田のおはこだ。
片やリストのピアノ・ソナタは、ひとつの長大な楽章のなかで何度も大きな山場が訪れ、巨視的な設計が求められる。技巧的な難度も高い。パワフルで深みあるロシアン・スクールの流れをくむ松田には、親和性あるレパートリーになり得る。
当夜の演奏は、芯の強いクリアな打鍵を生かした押し出し十分の解釈で、難曲に物怖じしない大胆な踏み込みが頼もしい。その一方で静ひつな部分での細やかな詩情にも欠けず、寄せては引くような波を的確にコントロールした。そこで目立ったのが呼吸の深さ。弧を描くようなフレーズのつながりを、息の長い線を意識して弾き進めるので、作品全体に有機的なまとまりがもたらされた。
チャイコフスキーとリストの組み合わせは、3作目のCDでも実践されていた意中のコンビネーション。松田の音楽性とマッチした手ごたえあるリサイタルに仕上がった。
(深瀬満)
公演データ
松田華音 ピアノ・リサイタル
12月1日(月) 19:00東京オペラシティ コンサートホール
プログラム
チャイコフスキー:「四季」Op.37a
1月 炉端にて
2月 謝肉祭
3月 ひばりの歌
4月 松雪草
5月 白夜
6月 舟歌
7月 草刈り人の歌
8月 収穫
9月 狩
10月 秋の歌
11月 トロイカで
12月 クリスマス
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
アンコール
チャイコフスキー:ロマンス ヘ短調 Op.5
チャイコフスキー:6つの小品ナタ・ワルツ Op.51-4 イ長調
シチェドリン:ユモレスク
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。










