フランス近代音楽と武満が詩的で透明な淡い色調のなかで溶け合った特別な体験
日本フィル11月の定期は、山田和樹の指揮でフランス近代と武満徹。
1曲目はドビュッシーのバレエ音楽「遊戯」。夕暮れの公園でラケットをもった青年と二人の娘の心の動きや情景が精妙な音楽で表現されるオーケストラの難曲だ。日本フィルの演奏は総じて軽やか。大気のような透明感のなかで施される響きの濃淡や色彩が印象的だ。ワルツの官能と躍動、情熱の高まり、そして何かを言い忘れたかのような唐突な終わり方。
続いて武満が亡き友人に捧げた「マイ・ウェイ・オヴ・ライフ」。1980年代以後、武満の作品はフランス近現代的な色彩を帯びるようになったが、この作品にも言えるかもしれない。ドビュッシーとの親和性が高く、慰めと優しさに満ちている。英訳された田村隆一の歌詞を歌う、加耒徹のバリトンは端正で格調高い語りを思わせ、木(tree)や愛(love)などの言葉を強調。山田の指揮のもと、オーケストラ、ソロ、合唱が一つになって緩やかな呼吸を繰り返し、甘い微睡(まどろ)みのなかで奏で、歌い、最後は沈黙へと消えていく。
実をいうと4曲中「ボレロ」だけが異質に思われたのだが、全くの杞憂(きゆう)だった。前半2曲がもたらした静寂から、新しい命が生まれるかのように微かなリズム打ちが始まり、弦のピィツィカートも木管の首席奏者たちのソロも明るく軽やかで優美。整然とクレッシェンドして、最後に思い切り弾(はじ)けて当夜一番のアクセントを添えた。
そしてプーランクの「スターバト・マーテル」。ピアニシモの前奏に続いて大編成の合唱が厳かに歌い出す。表現は抑制され、静けさと祈りに満ちているが、第2曲はきびきびとしたアップテンポで対照を大きくつける。第4曲や第5曲では曲想のユニークな性格を強調。熊木は明るく可憐なソプラノで輝くばかりの高音が魅力だ。
合唱はフレーズの造形が丁寧で(とりわけア・カペラ)、若々しくフレッシュだが、ラテン語がもっと明瞭に聴こえるといい。何世紀にもわたって歌い継がれてきた聖歌の歌詞は、言霊的な力をそなえていると思うから。山田の指揮は歌詞と音楽の関係や情感の表現を意識させ、それをオーケストラと合唱を通してしっかりと伝えている。ドビュッシーの俗と武満の精神世界、ラヴェルの俗とプーランクの聖。コンサートを通してこれらの境界が薄れていき、詩的で透明な淡い色調のなかで美しく溶け合う特別な聴体験だった。
(那須田務)
公演データ
日本フィルハーモニー交響楽団 第776回東京定期演奏会
11月28日 (金)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:山田和樹
バリトン:加耒徹
ソプラノ:熊木夕茉
合唱:東京音楽大学、ハルモニア・アンサンブル
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:田野倉 雅秋
プログラム
ドビュッシー:バレエ音楽「遊戯」
武満徹:マイ・ウェイ・オヴ・ライフ ―マイケル・ヴァイナーの追憶に―
ラヴェル:ボレロ
プーランク:スターバト・マーテル
他日公演
11月29日 (土)14:00サントリーホール 大ホール
なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。










