ラファエル・パヤーレ指揮 NHK交響楽団 第2050回 定期公演 Bプログラム

英雄を支える伴侶の極みのようなコンマスと各パートの充実した響きによって描かれた輝かしい英雄の生涯

80年ベネズエラ生まれのラファエル・パヤーレが5年ぶりにN響定期に登場した。ベネズエラの音楽システム「エル・システマ」を通じて音楽と出会い、シモン・ボリバル交響楽団の首席ホルン奏者を経て指揮に転向、現在サンディエゴ交響楽団、モントリオール交響楽団の音楽監督を務めている。筆者は初めて聴いたが、ブロムシュテット、デュトワに続くと、登場しただけで若さが際立って見えた。
細身の身体全体をしなやかに、時には踊るように使ってタクトを振る。冒頭のシューマン、「マンフレッド序曲」は暗譜だったが、指揮者下手(しもて)のヴァイオリンに左手で指示を出しながら、顔は上手(かみて)のヴィオラに向けるといった機敏な動きでシューマンの内面の深さを表現していた。

エル・システマ出身の指揮者、ラファエル・パヤーレが5年ぶりにN響定期に登場 写真提供:NHK交響楽団
エル・システマ出身の指揮者、ラファエル・パヤーレが5年ぶりにN響定期に登場 写真提供:NHK交響楽団

2曲目は02年6月以来のN響定期となるエマニュエル・アックスを迎えてモーツァルトのピアノ協奏曲第25番。これは名手によるモーツァルトの決定版のような演奏。全てにおいて無駄がなく、研ぎ澄まされた表現がハ長調のコンチェルトを極上の響きで届けてくれる。鍵盤の上をムーンウォークのように滑らかに奏でるスケールの美音、長調と短調が行き交う楽想は陰影に富みながらチャーミングさも失わない。室内楽の名手でもあるアックスと木管とのやりとりなど聴きどころ満載だ。因みに1楽章のカデンツァはテーマの展開が洒落ていて誰の作曲か幕間に問い合わせたところ、フランスのピアニスト・作曲家、ロベール・カサドシュのものだった。アンコールは2人のピアニストの連弾のようなリスト編曲シューベルトのセレナーデ、最後まで名手の演奏に酔いしれた。

モーツァルトのピアノ協奏曲第25番のソリストはエマニュエル・アックス。アンコールに至るまで、名手の演奏を聴かせた 写真提供:NHK交響楽団
モーツァルトのピアノ協奏曲第25番のソリストはエマニュエル・アックス。アンコールに至るまで、名手の演奏を聴かせた 写真提供:NHK交響楽団

メインの「英雄の生涯」は今春コンサートマスターに就任した長原幸太のソロが素晴らしかった。パヤーレの直線的な音楽作りに対して、余白のある表現が温かくまさに英雄の伴侶の極みのよう。ソロに続く木管やホルンの響きも幸福感に包まれた。各パートが良く鳴り、輝かしい英雄の生涯、心が打たれたのは眠りにつく英雄(ホルン)と伴侶(コンマス)の慈愛に満ちたコーダだった。

(毬沙琳)

素晴らしいソロを聴かせたコンマスの長原幸太。各パートも良く鳴り、輝かしい英雄の生涯を描いた 写真提供:NHK交響楽団
素晴らしいソロを聴かせたコンマスの長原幸太。各パートも良く鳴り、輝かしい英雄の生涯を描いた 写真提供:NHK交響楽団

公演データ

NHK交響楽団 第2050回 定期公演 Bプログラム 

11月20日(木)19:00サントリーホール

指揮:ラファエル・パヤーレ
ピアノ:エマニュエル・アックス
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:長原幸太

プログラム
シューマン:「マンフレッド序曲」
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第25番 ハ長調K.503
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」Op.40

ソリスト・アンコール
シューベルト(リスト編):「セレナーデ」

他日公演
11月21日(金)19:00サントリーホール、23日(日)15:30豊田市民文化会館

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毬沙 琳

まるしゃ・りん

大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。

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