シャルル・デュトワ指揮 NHK交響楽団 第2049回 定期公演 Cプログラム

数え90歳、芸風を大きく変貌させたマエストロ「チャーリー」

シャルル・デュトワは1977〜2002年にカナダのモントリオール交響楽団、1996〜2003年にNHK交響楽団のそれぞれ音楽監督を務め、主にフランス音楽のスペシャリストと目された。ラヴェルでは1980年代初頭、デッカに録音したモントリオール響との管弦楽曲全集が高い評価を獲得した。N響との共演が途絶えていた2017〜23年の間の日本でも大阪フィル、新日本フィル、サイトウ・キネン・オーケストラなどと一貫してラヴェルの作品を手がけ、いつも通り輝かしく、しなやかな音楽を聴かせてきた。

名誉音楽監督のシャルル・デュトワが指揮台に立った 写真提供:NHK交響楽団
名誉音楽監督のシャルル・デュトワが指揮台に立った 写真提供:NHK交響楽団

ところが8年ぶりのN響定期登場となった2025年11月、89歳のデュトワのラヴェルは芸風の大きな変貌を印象づけた。ラヴェル自身がピアノ曲から管弦楽曲に編み直した前半の2曲は12型(第1ヴァイオリン12人)の小ぶりな編成で枯れた味わいに満ち、管楽器の妙技を際立たせながら、たっぷりとした余韻を残す。柔らかく美しい弦の音色も極彩色よりはセピア色に近い。「パヴァーヌ」はホルンの客演首席でフランス人のブノワ・ド・バルソニー(パリ管弦楽団首席奏者)の豊麗な響きの独壇場だったが、「クープランの墓」ではフルート神田寛明、オーボエ𠮷村結実、コールアングレ池田昭子、クラリネット伊藤圭、トランペット長谷川智之らN響首席も鮮やかなソロを披露した。

「パヴァーヌ」では、N響首席陣が鮮やかなソロを披露した 写真提供:NHK交響楽団
「パヴァーヌ」では、N響首席陣が鮮やかなソロを披露した 写真提供:NHK交響楽団

ラヴェルは精緻な作風で「スイスの時計職人」(実際、父親はスイス人)とも呼ばれた半面、私生活には謎も多く、ドビュッシーと比べ「人間臭さ」が足りないとも思われてきた。だが今回、フランス系スイス人のデュトワはゆっくり目のテンポで「ラヴェルの内面を掘り下げる」という意表をつくアプローチを打ち出し、陰影に富んだ音楽を造形した。前半は新しい感触の世界へと楽員、聴衆を導入するかのように指揮の手綱を緩め、後半の「ダフニスとクロエ」で強靭(きょうじん)な統率力を全開したと思われる。オケは16型に拡大、二期会合唱団も大編成で、前半の抑制美とは対極の大音響が随所で爆発する。それでも遅めのテンポ(演奏時間は1時間を超えた)の基調は崩さず、管弦楽の綾を細部まで克明に解き明かしていく。ウィンドマシーンですら繊細に響くのが、不思議だった。

後半の「ダフニスとクロエ」で、デュトワは強靭な統率力を全開した 写真提供:NHK交響楽団
後半の「ダフニスとクロエ」で、デュトワは強靭な統率力を全開した 写真提供:NHK交響楽団

大詰めに向けての追い込み、棒さばきの切れ味では「デュトワ健在」を思わせたものの、ゆったりとした時間の進行とともに音楽を自然に盛り上げていく味わいの深さは、明らかに新境地といえる。かつて(周囲から)「チャーリー」と気さくに呼ばれていたマエストロが卒寿(90歳)を前に、このような進化(深化)をみせたこと自体が驚きに値する。
(池田卓夫)

棒さばきの切れ味は健在。味わいの深さを増したデュトワの音楽は、さらなる進化(深化)を遂げていた 写真提供:NHK交響楽団
棒さばきの切れ味は健在。味わいの深さを増したデュトワの音楽は、さらなる進化(深化)を遂げていた 写真提供:NHK交響楽団

公演データ

NHK交響楽団 第2049回 定期公演 Cプログラム

11月14日(金)19:00 NHKホール

指揮:シャルル・デュトワ(名誉音楽監督)
合唱:二期会合唱団(合唱指揮=三澤洋史)
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:長原幸太

プログラム
―ラヴェル生誕150年―
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル:組曲「クープランの墓」
ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(全曲)

他日公演
11月15日(土)14:00 NHKホール

Picture of 池田 卓夫
池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

連載記事 

新着記事