ポップで鮮やか! コミカルな展開のさなかで描かれるロマンチックな真情
東京芸術劇場恒例のシアターオペラは、プロセニアムアーチのないコンサートホールに舞台をしつらえ、普段オペラを演出していない演出家を思いきって起用することで、ワクワクさせてくれるシリーズである。
今年の演出は、オペラ初挑戦の杉原邦生。「KUNIO」を主宰するほか、古典歌舞伎に新たな光をあてる木ノ下歌舞伎での活躍でも話題だ。
舞台は床も壁面も白一色。中央に巨大なショッキングピンクのハートマークのオブジェがあり、ダンサー6人がやはりピンク一色の衣装に身を包んでいる。オブジェとダンサーは、ドゥルカマーラのパンダ型の乗り物とともに、本作での杉原のコンセプト「カワイイ」を象徴する。オブジェの裏は対照的に黒一色で、「カワイイ」のダークサイドを示す。
ダンサーたちは主役二人の恋の駆け引きを見守ったり、兵士や給仕など「歌わない登場人物」を演じたり、黒衣的にオブジェやテーブルを移動させたりと忙しい。
杉原の演出は、作品本来のストーリーとキャラクターをポップに、鮮やかに視覚化することに主眼を置く。気の弱い男の子ネモリーノ(宮里直樹)も、気の強い女の子アディーナ(高野百合絵)も、ひかれあっているのに素直になれない。喜んだり不安になったり、よせばいいのに相手の心をもてあそんだり、瞬時に攻守が入れ代わる心理の綾を、きちんと見せてくれる。
ベルコーレ(大西宇宙)はよくも悪くも男性的な、自信に満ちて恋も戦場もゲームのように真剣に楽しむ男。大西は歌も容姿もぴったりだ。マジシャンのような紫色の衣装のドゥルカマーラ(セルジオ・ヴィターレ)は「カワイイ」を悪用するイカサマ師。だがそのおかげでドラマが動きだし、ハッピーエンドが導かれる。
音楽面では、名アリア「人知れぬ涙」を豊かな声量で歌いあげた宮里と、続く「受け取って」のアリアで純な女心を切々と歌った高野。コミカルな展開のさなかに、人のロマンチックな真情が露わになって異彩を放つこの部分が、音楽的にも物語的にもクライマックスとなった。
セバスティアーノ・ロッリの暗譜の指揮はもう少し柔軟さや遊び心がほしいけれど、軽快な進行は気持ちがよい。白井圭がコンサートマスターをつとめるザ・オペラ・バンドも合唱のザ・オペラ・クワイアも実力あるプロをそろえて、レベルが高かった。
華やかでわかりやすい、素直に楽しめる舞台。東京芸術劇場に続き、フェニーチェ堺とロームシアター京都でも上演されることになっている。
(山崎浩太郎)
公演データ
2025年度 全国共同制作オペラ 東京芸術劇場シアターオペラvol.19
ドニゼッティ歌劇「愛の妙薬」
11月9日(日)14:00東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:セバスティアーノ・ロッリ
演出:杉原邦生
アディーナ:高野百合絵
ネモリーノ:宮里直樹
ベルコーレ:大西宇宙
ドゥルカマーラ博士:セルジオ・ヴィターレ
ジャンネッタ:秋本悠希
ダンサー:福原冠、米田沙織、内海正考、水島麻理奈、井上向日葵、宮城優都
合唱:ザ・オペラ・クワイア
管弦楽:ザ・オペラ・バンド
コンサートマスター:白井 圭
プログラム
ドニゼッティ歌劇「愛の妙薬」
(全2幕/イタリア語上演/日本語・英語字幕付き/新制作)
他日公演
2025年11月16日(日)14:00フェニーチェ堺
2026年1月18日(日)14:00ロームシアター京都 メインホール
※出演者等、公演の詳細は各ホールの公式サイトをご参照ください。
やまざき・こうたろう
演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。クラシック音楽専門誌各誌や各種サイトなどに寄稿するほか、朝日カルチャーセンター新宿教室にてクラシック音楽の講座を担当している。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。1963年東京生まれ。










