神奈川県民ホール presents 藤沢市民オペラ 連携事業 オペラシリーズ モーツァルト オペラ「羊飼いの王様」全2幕(演奏会形式)

小気味よい演奏、適材適所の歌手陣、心地よい大団円

序曲から溌溂(はつらつ)として小気味よく、これから音楽が躍動する期待が募る。

19歳のモーツァルトの手になる「羊飼いの王様」は、曲調は終始優雅で、登場人物は悩みを抱えても暗い展開に至らず大団円を迎える。というのも、マリア・テレジアの末っ子マクシミリアン・フランツが、ザルツブルクに立ち寄るのを歓迎するための表敬音楽だから、暗いわけにはいかない。正確には「オペラ」ではなく「劇場用セレナータ」と呼ばれる。悲劇もいいが、世の中、あまり明るい状況でないとき、大団円に救われることもある。

モーツァルト オペラ「羊飼いの王様」(演奏会形式) 撮影:阿部章仁
モーツァルト オペラ「羊飼いの王様」(演奏会形式) 撮影:阿部章仁

羊飼いの少年アミンタは先王の王子だが、恋人のエリーザと生きたい。だが、現れたアレッサンドロ大王はアミンタの高貴な血筋を見抜く。アミンタは難題に直面する。エリーザを失ってでも王位を選ぶか、恋人への純心を選ぶか。アミンタ以外のカップルも同様に悩むのだが、最後は大王が2組の純愛に打たれ、2組をともに結婚させ、それぞれに王国をあたえるという英断を下す。

そのアミンタ役を歌ったのは砂川涼子で、昨今、高い音域が少し苦しい砂川に適役だったようだ。持ち前の美しいフレージングが蘇(よみがえ)った。エリーザ役の森麻季も冒頭からリリックで軽快な声を響かせた。この2人の声は意外と相性がよく、バランスもとれ、理想的な恋人たちのように聴こえる。

アミンタ役の砂川涼子(左)とエリーザ役の森麻季(右)の声の相性がよくバランスがとれていた 撮影:阿部章仁
アミンタ役の砂川涼子(左)とエリーザ役の森麻季(右)の声の相性がよくバランスがとれていた 撮影:阿部章仁

アレッサンドロ大王役の小堀勇介は、いつもとくらべて固さも感じられたが、ヴァリエーションによるメリスマ歌唱(1つの音節に複数の音を当てて装飾的に歌う様式)になると、途端に表現が活き活きとしてくる。大王の友人アジェーノレ役の西山詩苑は、モーツァルトの後期の作品を歌うときの滑らかさには若干欠けても、彼ならではのやわらかい歌い口は魅力的で、この役の誠実さが伝わる。

日ごろ、モーツァルト後期からロマン派の作品を歌う機会が多い歌手たちの歌に、多少ぎこちなさもあったのは、この作品ではバロック時代の様式に近い歌唱が求められるからだ。その点、バロック作品で実績を重ねている中山美紀が歌ったタミーリ役は鮮やかで、声の運動性能が高く、メリスマの旋律をなめらかに、そして鮮やかに歌い上げた。

左から小堀勇介(アレッサンドロ大王)、中山美紀(タミーリ)、西山詩苑(アジェーノレ) 撮影:阿部章仁
左から小堀勇介(アレッサンドロ大王)、中山美紀(タミーリ)、西山詩苑(アジェーノレ) 撮影:阿部章仁

こうなると森麻季も負けておらず、第2幕のアリアなど軽やかかつ華麗に歌い上げ、声の競演が楽しめた。

森は、第2幕のアリアなど軽やかかつ華麗に歌い上げた 撮影:阿部章仁
森は、第2幕のアリアなど軽やかかつ華麗に歌い上げた 撮影:阿部章仁

多少の瑕疵(かし)も指摘したとはいえ、キャストを見たときに想像できたことだが、5人の歌手が絶妙にバランスされていた。この作品をいま日本で上演するうえでは、最良に近いキャストだったのではないだろうか。園田の指揮は終始小気味よく、そこに優美さが加わり、心地よい大団円に導いてくれた。
(香原斗志)

5人の歌手が絶妙にバランスされ、園田の指揮が心地よい大団円に導いてくれた 撮影:阿部章仁
5人の歌手が絶妙にバランスされ、園田の指揮が心地よい大団円に導いてくれた 撮影:阿部章仁

公演データ

神奈川県民ホール presents 藤沢市民オペラ 連携事業 オペラシリーズ
モーツァルト オペラ「羊飼いの王様」全2幕(演奏会形式)

11月8日(土)14:00藤沢市民会館 大ホール

指揮/藤沢市民オペラ芸術監督:園田隆一郎

アレッサンドロ大王:小堀勇介
アミンタ:砂川涼子
エリーザ:森麻季
タミーリ:中山美紀
アジェーノレ:西山詩苑

チェンバロ:矢野雄太

管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

プログラム
モーツァルト オペラ「羊飼いの王様」全2幕
演奏会形式/イタリア語上演・日本語字幕付

他日公演
11月9日(日) 14:00 藤沢市民会館 大ホール

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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