鈴木愛美 ピアノ・リサイタル

〝余分な華麗さなくしてシリアスで叙情的〟なコンサート

2024年11月の第12回浜松国際ピアノコンクールにおける日本人初優勝で話題を呼んだ俊英・鈴木愛美のリサイタル。今回は浜松以降初の「大ホールにおける本格的なリサイタル」(=1つの勝負どころ)だという。

第12回浜松国際ピアノコンクールで日本人初優勝を飾った鈴木愛美が、コンクール後初となる大規模なリサイタルを開催した
第12回浜松国際ピアノコンクールで日本人初優勝を飾った鈴木愛美が、コンクール後初となる大規模なリサイタルを開催した

以前聴いて感じた鈴木の特徴は、豪奢(ごうしゃ)なピアニズムをひけらかさず、持ち前の美音を生かして楽曲の繊細さや内面性をピュアに表出する点。シューベルトとフォーレの作品のみという今回のプログラム、すなわちショパン、リスト、ラフマニノフといった大ピアニストの華やかな作品が皆無の構成もそれを示す好例だし、実際もそうした美点を顕わす演奏が展開された。

最初のシューベルト「高雅なワルツ集」では、全12曲が1つの大きな楽曲として表現される。全体が均一トーンの中で推移し、特に〝弾み〟と〝呼吸〟の自然な共生が魅力的。音は美しく、強音も決して割れることがない。これは本日最後まで継続された。

鈴木の音は美しく、強音も決して割れることがない
鈴木の音は美しく、強音も決して割れることがない

ここから続くフォーレの「主題と変奏」「ノクターン第6番」「ワルツ・カプリス」の3曲も、〝陰のトーン〟が巧みに表現され、作曲者の内向性が浮き彫りにされる。

後半のシューベルトのソナタ第18番「幻想」は、浜松の3次予選で演奏し、デビューCDにも収録した作品。鈴木は終始じっくりと丁寧に奏でる。第1楽章は沈積した趣が支配し、第2楽章はしっとりとして慈しむかのよう。第3楽章は激しめの主部と美しいトリオの対照が見事で、第4楽章は明るさの内にある侘(わび)しさや慈愛が穏やかに表出される。ここで明示されたのは、ベートーヴェン的な要素の薄い、シューベルト自身の最後のソナタ=第21番に大接近した音楽だ。

シューベルトのソナタ第18番「幻想」を、終始じっくりと丁寧に奏でた
シューベルトのソナタ第18番「幻想」を、終始じっくりと丁寧に奏でた

アンコールでリストが登場したが、「ウィーンの夜会(シューベルトのワルツ・カプリス)」より第6番だから首尾一貫している。これは強弱の対比が秀逸。最後はシューベルトの「楽興の時」第3番が自然体で奏され、〝余分な華麗さなくしてシリアスで叙情的〟なコンサートが締め括(くく)られた。
(柴田克彦)

公演データ

鈴木愛美 ピアノ・リサイタル

10月31日(金) 19:00東京オペラシティ コンサートホール

ピアノ:鈴木愛美

プログラム
シューベルト:高雅なワルツ集D969 Op.77
フォーレ:主題と変奏 嬰ハ短調Op.73
フォーレ:ノクターン第6番 変ニ長調Op.63
フォーレ:ワルツ・カプリス第2番 変ニ長調Op.38
シューベルト:ピアノ・ソナタ第18番 ト長調 D894 Op.78「幻想」

アンコール
リスト:ウィーンの夜会(シューベルトのワルツ・カプリス)S.427より第6番
シューベルト:楽興の時 第3番ヘ短調D780-3 Op.94-3

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柴田克彦

しばた・かつひこ

音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。

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