尾高忠明指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団 第592回定期演奏会

音楽監督・尾高忠明ならではの、作品への熱い共感が演奏家としての歴史として積み重なった稀有な公演

指揮は音楽監督・尾高忠明が登場、冒頭に置かれたのは、尾高がキャリアの中で重視した現代作曲家の中でも重要視した湯浅譲二の「哀歌(エレジー)―for my wife,Reiko―」。
2008年の玲子夫人の死を乗り越えてマンドリン・オーケストラのために書いた作品を管弦楽版に編曲したもので、湯浅が亡くなる前年に書かれ尾高賞を受賞している。
「非人間的な曲を書きたいと思っている」と宇宙的な時間・空間などをテーマにした曲を作ってきた湯浅だが、打楽器と低弦により始まる悲哀に満ちた響きがさまざまな形で繰り返されるこの作品には珍しく感情の発露が込められ、湯浅自身への追悼を思わせた。

尾高忠明指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団第592回定期演奏会
尾高忠明指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団第592回定期演奏会

2曲目のシューマンのチェロ協奏曲では、ソリストを務めるスティーヴン・イッサーリスがシューマンについての著作を残し、若い時から録音・演奏に取り組んできた表現の集大成を示す見事な演奏を繰り広げた。際立った独奏はもちろん、オーケストラのメンバーたちと呼応しあう室内楽のような形で、シューマン作品の奥深い部分に到達したうえでの「再創造」を実現、協奏曲という表現形式拡大を感じさせる滅多に聴くことのできない演奏となった。

後半はポーランドを代表する2人の作曲家の作品が並んだ。大阪フィルでは初登場のパヌフニクは、世界大戦と冷戦に翻弄され亡命先のイギリスで作曲活動を行った。尾高の父・尚忠とウィーン留学時代に交流、尾高自身も「BBCプロムス」でその作品を演奏するなど作曲家との交流があった縁で、作品の魅力を日本にいち早く紹介した。

「カティンの墓碑銘」は、第2次大戦中にソ連が多数のポーランド捕虜を虐殺した事件の哀悼として1967年に作曲(作曲当時はソ連政府がナチスドイツの虐殺としていた)。すすり泣きのようなヴァイオリンのソロが他の楽器を巻き込み、慟哭(どうこく)のクライマックスを迎える。80年以上が経過した事件だが、音楽はその悲しみを直接感性に訴え聴き手の心を揺さぶる。これこそが音楽の持つ最大の力だろう。

最後に演奏されたのは、20世紀最大の作曲家の1人ルトスワフスキの「管弦楽のための協奏曲」。3楽章からなり、ポーランドの民族音楽を主題として、さまざまな音楽の形式と書法を駆使して管弦楽の響きの極限までを追求した作品。
興味深かったのは、録音で聴いた場合とは違って、各楽器が「協奏曲」として、絡み合って音空間を作り上げるようすが、客席で視覚的にも楽しめることができたことも稀有な体験だった。今日30日にも公演は行われるので、是非会場で「体験」してほしい。(平末広)

公演データ

大阪フィルハーモニー交響楽団 第592回定期演奏会

10月29日(水)19:00フェスティバルホール(大阪)

指揮:尾高忠明
チェロ:スティーヴン・イッサーリス
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔 文洙

プログラム
湯浅譲二:哀歌(エレジー)――for my wife,Reiko―
シューマン:チェロ協奏曲イ短調Op.129
パヌフニク:カティンの墓碑銘
ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲

ソリスト・アンコール
カタルーニャ民謡(サリー・ビーミッシュ編):鳥の歌

他日公演
10月30日(木)19:00フェスティバルホール(大阪)

平末 広

ひらすえ・ひろし

音楽ジャーナリスト。神戸市生まれ。東芝EMIのクラシック担当、産経新聞社文化部記者、「モーストリー・クラシック」副編集長を経て、現在、滋賀県立びわ湖ホール・広報部。EMI、フジサンケイグループを通じて、サイモン=ラトルに関わる。キリル・ぺトレンコの日本の媒体での最初のインタビューをしたことが、ささやかな自慢。

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