グスターボ・ドゥダメル指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニック 日本公演

よく歌わせ、すべてがヒューマン! 明朗な意志を貫いた「復活」

圧巻だった。万感の思い、とはこのことだろう。これまでの遠大な道行のすべてを、輝かしい強音が包容するようにして、燦然(さんぜん)たる生命の光を放って結んだとき、揚々と満ちていたのは全霊を賭けた肯定の意志と溢(あふ)れる感情の力であった。

グスターボ・ドゥダメルが16年目にして最後のシーズンを迎えたロサンゼルス・フィルハーモニックとアジア・ツアー。マーラーの交響曲をひとつの本懐として、東京でも2015年3月に第6番、19年3月には第1番と第9番を聴かせたコンビが、最後の旅に選んだのがこの第2番ハ短調だった。

グスターボ・ドゥダメルがロサンゼルス・フィルハーモニックとの最後のシーズンでマーラーの「復活」を披露した © Danny Clinch
グスターボ・ドゥダメルがロサンゼルス・フィルハーモニックとの最後のシーズンでマーラーの「復活」を披露した © Danny Clinch

過去のツアーもいずれも目覚ましい水準の快演だが、流麗に躍動する生命感が死の陰翳(いんえい)をはるかに凌駕(りょうが)して優勢だった。10年前に第6番を聴いたときは、ディズニーのアニメーションみたいに細部まで鮮やかだと感じた。闊達(かったつ)で魅惑的にアニメイトされていたからで、そこにはアメリカ一流のエレガンスと言ってよい明快な美質があった。
だが、指揮者は40代半ばとなり、名門との絆も熟した。彼のもつ肯定的な明るさはそのまま〝原光〟とも称えるべきものだろうが、このたびの「復活」は自然な翳(かげ)りや成熟も滲(にじ)ませつつ、感情的な深まりとともに絶望に陥らない明朗な意志を貫いた名演となった。

ドゥダメルの指揮は明確で、見紛いようがない。リズムの弾力、緩急や強弱を巧みに操りつつ、脈々と流麗に生命感を保つ。音楽の運びに、天性のものがある。
波乱万丈に生起するシーンがパッチワーク的でなく、着実に次に向かって渡されていく。ストーリーテリングの巧みさで、弾き手と聴き手の心をしっかりとつかむ。血が通っているうえに、目的がくっきりとしている。それゆえ、すべてがヒューマンな音楽になる。
オーケストラをうまく鳴らすだけではなく、よく歌わせることができる指揮者なのだ。声と器楽の融合もやわらかく、舞台裏からの金管とのバランスも含めて、響きの空間の組み立てが絶妙である。ロサンゼルス・フィルの響きは壮麗だが、インパクトをもつ強音を激しく鋭利に打ち出しても、余裕や奥行があって、決して粗雑にはならない。

ドゥダメルの指揮は明確。音楽の運びに、天性のものがある © Ryan Hunter
ドゥダメルの指揮は明確。音楽の運びに、天性のものがある © Ryan Hunter

冒頭楽章から、厚みをもった低弦が烈(はげ)しく切り込む開始と、復活の兆しをもつ明朗さの対比が鮮やかだ。中間楽章では、回想風のレントラーの甘美な響きの情緒、ワルツでの滑らかな舞踊、それらの鋭い異化が、精妙に描出された。
「原光」では、憂いを帯びたベス・テイラーの包容力ある歌に、オーボエが美しく絡んだ。ヴァイオリン・ソロの諧謔(かいぎゃく)の表現も効いていた。
そして終楽章では、90人弱の新国立劇場合唱団の充実ぶり、テイラーの豊かな表情、チェン・レイスの澄んだソプラノと相俟(ま)って、壮麗なオーケストラが力強く確信を築き、圧倒的な生の讃歌を満たしていった。
(青澤隆明)

公演データ

グスターボ・ドゥダメル指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニック

10月25日(土) 14:00サントリーホール 大ホール

指揮:グスターボ・ドゥダメル
ソプラノ:チェン・レイス
メゾソプラノ:ベス・テイラー
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:ロサンゼルス・フィルハーモニック

プログラム
マーラー:交響曲第2番 ハ短調「復活」

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青澤 隆明

あおさわ・たかあきら

音楽評論家。東京外国語大学英米語学科卒。クラシック音楽を中心に、評論、エッセイ、解説、インタビューなどを執筆。主な著書に「現代のピアニスト30ーアリアと変奏」(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの「ピアニストは語る」(講談社現代新書)、「ピアニストを生きるー清水和音の思想」(音楽之友社)。

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