セミヨン・ビシュコフ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 2025年 東京公演 ピアノ:チョ・ソンジン

チェコ・フィルの実力と魅力に、あらためて感服した一夜

生誕150年のラヴェルと没後50年のショスタコーヴィチ、アニヴァーサリー・イヤーの2人の作曲家の作品によるこのコンサートは、チェコ・フィルの来日公演でフランスとロシアの20世紀の音楽を聴ける貴重な機会だ。指揮は2018年から首席指揮者・音楽監督をつとめるセミヨン・ビシュコフである。

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者・音楽監督セミヨン・ビシュコフが登場(C)Naoya Ikegami
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者・音楽監督セミヨン・ビシュコフが登場(C)Naoya Ikegami

前半はチョ・ソンジン独奏のラヴェルのピアノ協奏曲。このピアニストらしく浮ついたところのない、実のある響きと高水準のテクニックによる演奏だ。フランス音楽らしい、華やかさや軽やかさが前面に出るものではないので好き嫌いはわかれるだろうが、一音一音に確固とした存在感がある。オーケストラでは第1楽章のハープによるカデンツァの立体感、第2楽章のコールアングレの哀感豊かな歌いぶりが特に印象的だった。
アンコールはショパンのワルツ第3番。絶妙の揺らぎを加えて、憂鬱な世界を築く。

ラヴェルのピアノ協奏曲でソリストを務めたチョ・ソンジン。実のある響きと高水準のテクニックによる演奏を聴かせた(C)Naoya Ikegami
ラヴェルのピアノ協奏曲でソリストを務めたチョ・ソンジン。実のある響きと高水準のテクニックによる演奏を聴かせた(C)Naoya Ikegami

後半は、ショスタコーヴィチの交響曲第8番。チェコ・フィルによるショスタコーヴィチは珍しいが、ビシュコフは1980年代後半のベルリン・フィルと録音したショスタコーヴィチの交響曲シリーズで、その名を一躍知らしめた人である。なかでも第8番は名演だったから、自家薬籠中の作品といっていい。結果としてこの日は、作品とオーケストラそれぞれの個性を知りつくす指揮者が双方の魅力をいかした、素晴らしい演奏となった。

第1楽章の冒頭から、遅めのテンポでじっくりと、集中力を保って響かせていく。中東欧の古都のオーケストラらしい、落ちついた音色の弦が美しい。派手でもなく泥臭くもなく、まさしく中庸を得た、その響きの充実感が心地よい。
第2楽章から第4楽章にかけては動感を増し、暴力的にして脅迫的な総奏で圧倒する。しかしけっして音が濁らずつぶれず、きれいに鳴りわたるあたりは、ビシュコフのもとでオーケストラが高めた演奏力のたまものだろう。弦も管も打も、すべての楽器の響きの質感に統一性があるのが好ましい。

すべての楽器の響きの質感に統一性があり、オーケストラの演奏力の高さを感じた(C)Naoya Ikegami
すべての楽器の響きの質感に統一性があり、オーケストラの演奏力の高さを感じた(C)Naoya Ikegami

コールアングレがラヴェルでの好演に続き、第1楽章後半でも哀しく美しいソロを奏でたのを象徴として、各楽器のソロの安定感のある歌いぶりがよく、とりわけ終楽章での木管群のからみ合いの美しさは見事だった。
長い破壊と惨劇のあとの、静かな青空のようなコーダ。この響きの後なら、アンコールはなくて当然。チェコ・フィルの実力と魅力に、あらためて感服した一夜だった。

(山崎浩太郎)

公演データ

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 2025年 東京公演

10月22日(水) 19:00サントリーホール 大ホール

指揮:セミヨン・ビシュコフ
ピアノ:チョ・ソンジン
管弦楽:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

プログラム
ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調 M.83
ショスタコーヴィチ:交響曲 第8番 ハ短調 Op.65

ソリスト・アンコール
ショパン:ワルツ第3番イ短調 Op.34-2 華麗なる円舞曲

これからの他日公演
セミヨン・ビシュコフ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
チェロ:アナスタシア・コベキナ

10月23日(木)19:00サントリーホール 大ホール
10月25日(土)14:00所沢市民文化センター ミューズ アークホール

プログラム
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 口短調Op.10
チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調Op.64

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山崎 浩太郎

やまざき・こうたろう

演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。クラシック音楽専門誌各誌や各種サイトなどに寄稿するほか、朝日カルチャーセンター新宿教室にてクラシック音楽の講座を担当している。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。1963年東京生まれ。

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