ダッシュの艶やかな声がフォーレ四重奏団と息ぴったり!夢と幸福を求めてさまよう心情を歌う
トッパンホール25周年を記念して、フォーレ四重奏団を中心に開催された5日間のフェスティバルが楽日を迎えた。
この日は10月5日の3日目に続いて、ソプラノのアネッテ・ダッシュが共演。8日は人の心を弄(もてあそ)ぶ「フォルトゥーナ(幸運、運命の女神)」をテーマに、ドイツのオペレッタとアメリカのミュージカルからのナンバーが中心となった。

はじめに序曲のごとく、キュンネッケの「朝は幸せ」がわきたつような気分を盛りあげる。ダッシュは真っ赤なドレスに身を包み、プリマ・ドンナの華やかさを全身から放つ。フォーレ四重奏団の男性たちも、日本のステージでは珍しい燕尾服。ただし、全員が黒色のなかに一点だけ赤いものをあしらっているのはいつもと同じだ。

2曲目と3曲目は、この日唯一のバロック時代の作曲家、エルレバッハの作。技巧的な「運命よ、お前は私を弄ぶ」と悲痛な「我らの生は深き悲しみに満ち」の明暗が鮮やかに歌いわけられる。幸せを求めて一喜一憂する人間の姿は、何百年も変わることがないという、全体のテーマが提示された。
フォーレ四重奏団の魅力の一つは、個人と全体のバランスが絶妙であること。ヴィオラとチェロの間の位置での歌唱を基本にするダッシュも、その一員であることを常に意識している。「鉄格子の間」や「月の光」のような歌のない曲でも、着席して聴いている。
R.シュトラウスのリートをへて、ドイツのオペレッタのナンバーへ。「チャールダーシュの女王」のアリアでは、ダッシュはステージ狭しと動いて歌って輝きを放ち、ダンスも披露した。
そして後半はレハールで幕をあけたあと、母国を追われてアメリカに移ったヴァイルとコルンゴルト、そしてブロードウェイとハリウッドで活躍したバーンスタイン、ユーマンス、レッサーのナンバーが続く。フランス語に英語と、夢と幸福を求めてさまようかのように、言葉も変わっていく。
この日のダッシュは声に張りと艶やかさがあり、フォーレ四重奏団のメンバーとの息もぴったりだった。

アンコールはR.シュトラウスの「献呈」に続き、ハイマンの「世界のどこか」。ハイマンは映画『会議は踊る』で有名な、ドイツとハリウッドで活躍した作曲家で、この曲は1932年の映画『ブロンドの夢』から、ハリウッドでの成功を夢見るベルリンの少女が、「世界のどこかに小さな幸せがある」と歌うもの。コンサート全体を1曲に集約する、見事な締めくくりだった。
(山崎浩太郎)
公演データ
TOPPANホール25周年 室内楽フェスティバル V
フォーレ四重奏団とともに
10月8日(水)19:00 TOPPANホール
ソプラノ:アネッテ・ダッシュ
フォーレ四重奏団
ヴァイオリン:エリカ・ゲルトゼッツァー
ヴィオラ:サーシャ・フレンブリング
チェロ:コンスタンティン・ハイドリッヒ
ピアノ:ディルク・モメルツ
プログラム
エデュアルト・キュンネッケ(リーヒマキ編):オペレッタ「リーゼロット」より〝朝は幸せ〟
フィリップ・ハインリヒ・エルレバッハ(リーヒマキ編):
運命よ、お前は私を弄ぶ
我らの生は深き悲しみに満ち
エリオット・スミス(カーテン編):鉄格子の間
リヒャルト・シュトラウス(ツェルナー編):4つの歌Op.27より 第3曲「 密やかな誘い」、第4曲 「あしたこそ!」
ドビュッシー(カウフマン編):ベルガマスク組曲より「月の光」
ヘルマン・ティーメ(リーヒマキ編):幸福は長く続かない
エメリッヒ・カールマン(リーヒマキ編):オペレッタ「チャールダーシュの女王」より〝ああ、幸せを追いかけてはいけない〟
レハール(リーヒマキ編):オペレッタ「パガニーニ」より〝愛よ、地上の楽園よ〟
クルト・ヴァイル(リーヒマキ編):オペラ「マリー・ギャラント」より〝ハバネラ風タンゴ ユーカリ
エドゥアルド・フベルト:フォーレタンゴ
コルンゴルト(リーヒマキ編):オペラ「死の都」Op.12より〝私に残された幸せよ〟
レナード・バーンスタイン(リーヒマキ編):ミュージカル「オン・ザ・タウン」より〝俺にとって幸運なこと〟
ヴィンセント・ユーマンス(リーヒマキ編):ミュージカル「艦隊は踊る」より〝ときどき幸せ〟
フランク・レッサー(リーヒマキ編):ミュージカル「ガイズ・アンド・ドールズ」より〝幸運は女性にあり〟
アンコール
リヒャルト・シュトラウス(ツェルナー編):8つの歌より「献呈」Op.10-1
ヴェルナー・リヒャルト・ハイマン(リーヒマキ編):世界のどこか

やまざき・こうたろう
演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。クラシック音楽専門誌各誌や各種サイトなどに寄稿するほか、朝日カルチャーセンター新宿教室にてクラシック音楽の講座を担当している。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。1963年東京生まれ。