ミラノ・スカラ座24/25シーズン・オペラ ジョアキーノ・ロッシーニ「ラ・チェネレントラ」

真骨頂を発揮した日本の脇園彩の見事なスカラ座デビュー

日本の期待の星であるメゾ・ソプラノの脇園彩が、ミラノ・スカラ座に主役デビューした。演目はロッシーニ「ラ・チェネレントラ」。オーケストラはスカラ座アカデミーの管弦楽団で、歌手は同アカデミー修了生が中心ではあるが(クロリンダとティズベは現役のアカデミー生)、チケット料金もほかの演目と変わらないスカラ座の通常公演である。

結論を先にいえば、満員の観客の前で、脇園のすぐれた歌唱が際立った公演だった。

アンジェリーナ役でミラノ・スカラ座にデビューしたメゾ・ソプラノの脇園彩 (C)Teatro alla Scala
アンジェリーナ役でミラノ・スカラ座にデビューしたメゾ・ソプラノの脇園彩 (C)Teatro alla Scala

かつて一世風靡したジャン=ピエール・ポネルの演出は、ファンタジーにあふれ、音楽と見事に一体化し、本物は古びないという手本のように感じられた。しかも、おとぎの世界の要素を残しつつ人間ドラマとして掘り下げられているところも、このオペラの本質を突いている。

指揮のジャンルーカ・カプアーノは、古楽を得意とする指揮者らしく、ノンビブラートの鋭い響きで音楽を推進し、クレッシェンドなどの表現も緻密に構築されている。それでしっかり盛り上げ、爽快感も欠かさない。

アンジェリーナ(脇園)(C)Teatro alla Scala
(C)Teatro alla Scala

脇園がアンジェリーナを歌うのを聴くのは何回目だろうか。聴くたびに大きく進化するのがこの歌手の特徴だ。まず、スカラ座の大きな空間に声がしっかり充満する。しかも、以前より自然に聞こえるのは、声が息に乗せられ、無理なく響いているからである。そして無理のない発声ならではだが、どの音域も音色が一定で、音が自然に連なる。そのうえで色彩を変化させ、感情を微細に描く。アジリタもレガートもなめらかで、すべては自然な息の上で自在に制御されている。

スカラ座でヒロインを歌うにふさわしい高みに、彼女の歌唱は確実に登りつめていると、たしかに感じられた。

アンジェリーナ(脇園)とドン・ラミーロ(チュアン・ワン) (C)Teatro alla Scala
アンジェリーナ(脇園)とドン・ラミーロ(チュアン・ワン) (C)Teatro alla Scala

ほかの歌手では、ドン・マニフィコのマルコ・フィリッポ・ロマーノが、歌唱と語りと滑稽味のバランスが秀逸だった。クロリンダのマリア・マルティン・カンポスとティズベのディラン・サカも悪くない。

気になったのは残りの男声陣だった。アリドーロのファンホン・リーはまずまず。だが、ドン・ラミーロのチュアン・ワンは、第2幕のアリアで楽譜にないハイDまで出したが、全体に声は上ずり気味で、しかも喉を締めたような声で心地よくない。第1幕のアンジェリーナとの二重唱は、脇園との音色の違いが気になった。ダンディーニのスンサン・ダミアン・パクも同様に音色が一定でなく、そこに東洋人独特の色合いが残る。

ただ、それだけに脇園の、東洋人の癖がすっかり消されたハイレベルの歌唱が際立ったともいえる。技巧的に難度が高いロンド・フィナーレは、すみずみまで緻密に磨き上げられたうえで、圧巻の力強さ。視覚的にも、所作も、スカラ座にふさわしい立派なチェネレントラだった。

(香原斗志)

脇園は、スカラ座にふさわしい立派なチェネレントラを演じた (C)Teatro alla Scala
脇園は、スカラ座にふさわしい立派なチェネレントラを演じた (C)Teatro alla Scala

公演データ

ミラノ・スカラ座24/25シーズン・オペラ
ジョアキーノ・ロッシーニ「ラ・チェネレントラ」

9月15日(月)20:00ミラノ・スカラ座

指揮:ジャンルーカ・カプアーノ
演出・装置・衣裳:ジャン=ピエール・ポネル
再演出:フェデリカ・ステファニ
照明:アンドレア・ジレッティ

アンジェリーナ:脇園彩
ドン・ラミーロ:チュアン・ワン
ダンディーニ:スンサン・ダミアン・パク
ドン・マグニフィコ:マルコ・フィリッポ・ロマーノ
クロリンダ:マリア・マルティン・カンポス
ティズベ:ディラン・サカ
アリドーロ:ファンホン・リー

管弦楽:スカラ座アカデミー管弦楽団

プログラム
ジョアキーノ・ロッシーニ「ラ・チェネレントラ」(全2幕・イタリア語上演)

※これからの他日公演
9月17日(水)20:00、19日(金)20:00ミラノ・スカラ座
※他日公演の出演者等、詳細は公式サイトをご参照ください。
La Cenerentola – Teatro alla Scala

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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