東大和市民会館ハミングホール25周年事業 オペラ「ミスター・シンデレラ」新制作上演

〜時代背景を明示、スタイリッシュにまとめ上げた原純の新演出〜

伊藤康英(1960―)作曲のオペラ「ミスター・シンデレラ」は2001年8月25&26日、鹿児島オペラ協会創立30周年記念の新作として鹿児島県文化センターで初演された。構想段階から伊藤と劇団青年座出身の台本作家の高木達、演出家の松本重孝、指揮者の坂本和彦の4者が綿密に練り上げ、現代のジェンダー(性差)問題を前面に掲げた作品は、「ご当地」の民話や伝説を題材にした地方創作オペラのブームに一石を投じた。

風采の上がらないミジンコ研究者の夫・伊集院正男がエリート薬学者の妻・薫の持ち帰った新薬を誤飲、女王蜂ホルモンで絶世の美女「赤毛の女」に変身するという奇想天外なストーリーはコメディー仕立て。吹奏楽や合唱曲に実績のある伊藤の軽妙な音楽と相まって、客席の爆笑を自然に誘う。初演以降、鹿児島再演や日本オペラ協会による東京初演、オペラ・デ・ファミーユによる静岡初演など10回あまりの再演を重ねてきた。

ミジンコ研究者の夫・伊集院正男(猪村浩之・右)が新薬を誤飲、女王蜂ホルモンで絶世の美女「赤毛の女」(古澤真紀子・左)に変身する ©ShimaZi
ミジンコ研究者の夫・伊集院正男(猪村浩之・右)が新薬を誤飲、女王蜂ホルモンで絶世の美女「赤毛の女」(古澤真紀子・左)に変身する ©ShimaZi

東京の北端に位置する東大和市のハミングホールは2020年の開館20周年にもバーンスタインの「キャンディード」をセミステージ形式で上演(田尾下哲演出、横山奏指揮)するなど、近現代の音楽劇に強い意欲をみせる。今回の「ミスター・シンデレラ」は台本の高木自身が演出した2022年の日本オペラ協会再演に際し、伊藤が手直しを加えた〝完成版〟のスコア(音楽之友社)に基づき、原純が新たな演出を施した。

21世紀の価値観の変化は急激でジェンダーや女性の出産、九州の男尊女卑傾向など、2001年初演時に問題視されなかったセリフのいくつかが24年後の現在は「不適切」とされるなか、原は昭和の団地、歓楽街といった映像を舞台後方に投影し、時代背景を明確にした。

快楽の象徴であるホテルの客室は赤と金、シャンデリア……と「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」以来のグランドオペラのステレオタイプを踏襲する一方、主人公夫婦をはじめとする人々がそれぞれの再生を誓うフィナーレの合唱シーンは白一色でまとめ、リセットの印象を強く与える。全体として、とてもスタイリッシュな仕上がりだ。開幕前や幕間で客席の照明を落とし、波の音の音響を流す設定も客席の集中を高め、海辺の街で繰り広げられる物語のイメージを膨らませていた。

快楽の象徴であるホテルの客室は赤と金、シャンデリアで示された ©ShimaZi
快楽の象徴であるホテルの客室は赤と金、シャンデリアで示された ©ShimaZi

初日のキャストは声質、容姿の両面で適材適所。正男の猪村浩之(テノール)の歌にはペーソスがあり、薫の見角悠代(ソプラノ)は見事なコロラトゥーラのテクニックを発揮した。正男の両親――父・忠義の大石洋史(バリトン)、母・ハナの牧野真由美(メゾソプラノ)は濃いキャラクターで爆笑を誘い、変身後の「赤毛の女」の古澤真紀子(メゾソプラノ)は期待以上に妖艶さを発揮。薫が一瞬〝よろめく〟相手の新任学部長、米国帰りの垣内教授の飯田裕之(バリトン)も美声と振り切った演技で適役だ。公募のハミングホール25周年記念合唱団は年齢層が広く、味わいに富む演唱で実在感があった。

正男の両親――父・忠義の大石洋史(バリトン)、母・ハナの牧野真由美(メゾソプラノ)は濃いキャラクターで爆笑を誘った ©ShimaZi
正男の両親――父・忠義の大石洋史(バリトン)、母・ハナの牧野真由美(メゾソプラノ)は濃いキャラクターで爆笑を誘った ©ShimaZi
垣内教授の飯田裕之(バリトン)も美声と振り切った演技で適役だった ©ShimaZi
垣内教授の飯田裕之(バリトン)も美声と振り切った演技で適役だった ©ShimaZi

管弦楽のハミングアンサンブルは10人編成と小ぶりだが、シンセサイザーも効果的に使われ、オペラとミュージカルの境界領域に存在する作品の持ち味と合致。高橋勇太の手際の良い指揮が、精彩に富む響きを引き出していた。
(池田卓夫)

公演データ

東大和市民会館ハミングホール25周年事業
オペラ「ミスター・シンデレラ」新制作上演

9月14日(日)15:00 東大和市民会館ハミングホール 大ホール

指揮:高橋勇太
演出・美術・衣裳:原 純

伊集院正男:猪村浩之
伊集院 薫:見角悠代
赤毛の女:古澤真紀子
垣内教授:飯田裕之
伊集院忠義:大石洋史
伊集院ハナ:牧野真由美
卓也:岡坂弘毅
美穂子:小澤花音
女1:渡邉麻衣
女2:池田実来
女3:安藤千尋
男1:本郷文敏
男2:鈴木克隆
男3:普久原武学
マミ:小濱 望
ルミ:鈴木椎那
ユミ:江田真姫子
マルちゃんのママ:丸山奈津美

合唱:ハミング25周年記念合唱団(一般公募の合唱団)
室内楽:ハミングアンサンブル

プログラム
オペラ「ミスター・シンデレラ」全2幕 日本語上演
(高木達 原作・台本/伊藤康英 作曲・監修)

他日公演
9月15日(月・祝)15:00 東大和市民会館ハミングホール 大ホール

他日公演の出演者等、詳細は下記公式サイトをご参照ください。
https://www.humming-hall.jp/event/250915.php

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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