3幕連続上演の新演出――上岡敏之のスタミナある響き、登場人物の巧みな性格描写で紡ぐ孤独と救済の物語
東京二期会が秋のシーズン冒頭に、ワーグナー「さまよえるオランダ人」を新演出で上演した。映画「バトル・ロワイヤルⅡ」などで知られる映画監督・演出家の深作健太を起用した同会のプロダクションは4作目。深作と指揮者・上岡敏之による討議の末、「救済あり、3幕連続」のバージョンが採用された。

深作は今回、現代社会にも渦巻く孤独と救済をテーマに、名作へ切り込んだ。キービジュアルにドイツ・ロマン派の画家フリードリヒの名画「氷海」を用い、極北をさまよう孤独なアウトロー=オランダ人と、救いの手を差しのべるゼンタ、という構図を設定。創作過程では、北極で死を迎えたフランケンシュタインの物語や、ワーグナー自身の海難体験もヒントにしたという。
舞台では大きな額縁を付けた背景に「氷海」の氷柱や岩山を立体的に配し、その前でゼンタが通常サイズの「氷海」をずっと眺めて持ち歩く、という二重構造を提示。基本的にオランダ人は額縁の内側、つまりゼンタの夢想の中で生き、第2幕の終わりでふたりが相まみえる場で初めてリアルな世界=額縁の外側へ踏み出す。ラストでは、絶望して額縁の内側に駆け戻るオランダ人をゼンタが追いかけ、異界でふたりが手を携え結ばれて終わる。

登場人物の造形から始まって、全体の流れはむしろオーソドックス。無理な読み替えや不自然なギミックがないので、演出が音楽の邪魔をしない。作品への敬意を失わず、独りよがりな解釈を避けた姿勢が吉と出た。気鋭の舞台派らしいキッチュな感覚は、第3幕冒頭の「水夫の合唱」に続いて、幽霊船の船員がヤッケやサーチライトを付けて客席側から登場する場面などに発揮されていた。
ドイツの歌劇場で長年経験を重ねた上岡敏之は、これが日本でのワーグナー初上演。言葉を深く知る強みで、歌手の呼吸やテキストに即応したテンポ、フレージングを自在に繰り出すので、ドイツ語が明快に客席へ届く。このところ顕著なテヌートの強調や、テンポの大胆な変化といった「上岡節」も随所に顔を出した。時に粗さを残すもののスタミナはある演奏によって、厚みある響きを築いた。

初日のキャストでは、オランダ人役の河野鉄平が深い苦悩と威厳を、船長ダーラント役の山下浩司が明朗な包容力を的確に表出し、明暗の対比が利いた性格描写を聴かせた。ゼンタ役の中江万柚子は、芯の強い声でドラマチックにヒロインを演じた。高音のフォルテに柔らかさが加わると、表現のふくらみが増すだろう。ゼンタを慕うエリック役の城宏憲は、支えのある美声で一途な思いを表情豊かに示した。

休憩なし、正味2時間20分ほどの長丁場を思わず忘れさせる、凝集力あるステージとなった。
(深瀬満)
公演データ
東京二期会オペラ劇場「さまよえるオランダ人」
ワールドプレミエ ~上岡敏之×東京二期会プロジェクト II~
9月11日(木)18:00東京文化会館 大ホール
指揮:上岡 敏之
演出:深作 健太
装置:久保田 悠人
衣裳:西原 梨恵
照明:喜多村 貴
映像:栗山 聡之
演出助手:太田 麻衣子
舞台監督:八木 清市
公演監督:大野 徹也
公演監督補:佐々木 典子
ダーラント:山下 浩司
ゼンタ:中江 万柚子
エリック:城 宏憲
マリー:花房 英里子
舵手:濱松 孝行
オランダ人:河野 鉄平
合唱:二期会合唱団
合唱指揮:三澤 洋史
管弦楽:読売日本交響楽団
プログラム
リヒャルト・ワーグナー:オペラ「さまよえるオランダ人」
全3幕 日本語及び英語字幕付原語(ドイツ語)上演
他日公演
9月13日(土)14:00、14(日)14:00、15(月・祝)14:00 東京文化会館 大ホール
※他日公演の出演者等、詳細は公式サイトをご参照ください。
さまよえるオランダ人|東京二期会オペラ劇場 -東京二期会ホームページ-

ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。