イブラギモヴァの確信に満ちた力演、ショスタコーヴィチ最後の交響曲の幕切れが記憶に残るステージ
ショスタコーヴィチ没後50年にあわせ、ことしは多くのオーケストラがその作品演奏に精を出している。東京都響は秋シーズン開幕で大野和士音楽監督の下、ロシア生まれの名手アリーナ・イブラギモヴァを独奏に迎えたヴァイオリン協奏曲第2番に、頻出する引用が謎めく最後の交響曲第15番イ長調と、晩年の秀作2曲を並べた重量級プログラムに挑んだ。死への不安や厭世(えんせい)観がにじむ内省的な作品群だ。

ピリオドとモダン、両者の奏法を楽々と使い分けるイブラギモヴァは、様式感をきっちり踏まえた〝二刀流〟の最先端として活躍の場を広げる。主宰するキアロスクーロ四重奏団ではピリオド・スタイルを実践し評判を呼ぶ一方、モダンの極致であるショスタコーヴィチでは、2019年に英ハイペリオンで行った協奏曲の録音が既に高い評価を得ている。
この日の第2番でも、曲を手中に収め確信に満ちた力演がみごとだった。複雑な要素が交錯する第1楽章から、安定した技巧を発揮。たっぷりヴィブラートを掛けた艶っぽい歌い込みから、ノン・ヴィブラートによる虚無的な響きまで、ヴィブラートと音色の幅が広く、変化に富んだ表情で切り込んで行く。しかも高いテンションを維持し、リズミカルな部分では身体を揺らしてノリを強調するので、聴き手をぐいと引きつけてやまない。
第2楽章アダージョの深い情感を経て到達したフィナーレでは、小気味よい運動性の切れ味が抜群で、カデンツァで大見得を切る気迫がただ事ではない。憑依(ひょうい)したようなのめり込みで駆け抜けて、実演が貴重な本作へ記憶に残るステージをもたらしてくれた。

ショスタコーヴィチ最後の交響曲となった第15番は、第1楽章からロッシーニ「ウィリアム・テル」の行進曲がいきなり顔を出したり、終楽章でワーグナー「ニーベルングの指環」の〝運命の動機〟が執拗に現れたりと、引用に託した作曲者の心情が意味深な問題作。大野はこうしたモチーフを手際よく処理しながら、内実を丁寧に解き明かした。
速めのテンポで進む第1楽章では、冒頭から首席フルート、松木さやの質感が冴え、低弦の弾力ある厚みが合奏を引き立てる。第2楽章アダージョは、首席チェロの古川展生が真に迫る悲痛な歌を奏でて始まり、大野は葬送音楽を思わせる金管のコラールを深い呼吸で柔らかくリード。弱音のしなやかなコントロールと相まって、自身の円熟も見せた。
苦みとペーソスを明快に浮かび上がらせたスケルツォの第3楽章から続く最終楽章は、陰鬱でミステリアスな性格をストレートに表出。都響の水際だったアンサンブルの集中度も上がり、精妙なダイナミクスによって印象的な幕切れを演出した。
(深瀬満)

公演データ
東京都交響楽団 第1025回 定期演奏会Aシリーズ
9月3日(水)19:00東京文化会館 大ホール
指揮:大野和士
ヴァイオリン:アリーナ・イブラギモヴァ
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:山本友重
プログラム
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第2番 嬰ハ短調Op.129
ショスタコーヴィチ:交響曲第15番 イ長調Op.141
他日公演
9月 4日(木)19:00サントリーホール 大ホール

ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。