フェスタ サマーミューザKAWASAKI 2025 小林資典指揮 読売日本交響楽団「華麗なるウィーン、黄金の響き」

オペラの場面が目に浮かぶ〜カペルマイスター小林資典の至芸を読響で味わう

小林資典は1974年生まれ。2000年以降はドイツの歌劇場でコレペティートルからキャリアを積み上げ、2008年にドルトムント歌劇場と契約、現在は音楽総監督(GMD)代理兼第1指揮者を務める。2018年に大阪交響楽団を指揮して母国に正式デビュー。東日本では2021年以来たびたび、読売日本交響楽団と共演してきたが、今回ほどオペラ座のカペルマイスター(楽長)の日常を色濃く反映した曲目を振るのは初めてだ。

テーマはウィーン。今年が生誕200年のワルツ王J.シュトラウスを前後半それぞれの頭に置き、古典派のモーツァルトと〝もう1人のシュトラウス〟がその時代(18世紀)へのオマージュとして作曲した「ばらの騎士」を組み合わせ、3世紀を俯瞰した。

ドルトムント歌劇場GMD代理兼第1指揮者の小林資典が登場。オペラ座のカペルマイスターらしいプログラムを披露した©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
ドルトムント歌劇場GMD代理兼第1指揮者の小林資典が登場。オペラ座のカペルマイスターらしいプログラムを披露した©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール

小林はプレトークで「〝こうもり〟序曲はドイツの歌劇場で指揮者のオーディションの定番。9分間に色々なテンポが現れ、オーケストラのドライブ力を試されます」と説明した。本番ではオペレッタが浮き浮きと弾けて始まり、深夜零時の鐘の音、宴の後のメランコリーなどを交え、楽天的結末に至るまでの情景を克明に描き分けてみせた。

菊地洋子は現在ウィーンを本拠とし、演奏と教職の両面で活躍する。モーツァルトのピアノ協奏曲中2曲しかない短調作品の1つであるK.466はよく「デモーニッシュ(悪魔的)」と形容されるが、菊池は誇張を排し、落ち着いた味わいの音色で淡々、キリリと克明に弾き進め、古典の格調を堅持する。第1楽章のカデンツァは最もポピュラーなベートーヴェンの作曲を採用しながら、優れた和声感で独特の凛とした輝きを放った。第2楽章はメランコリーと愉悦感を繊細に対比させ、第3楽章大詰めのカデンツァで初めて、内面の炎を爆発させた。小林の指揮はソリストと美意識、様式感を高い次元で一致させ、ヴィブラートを抑制しながらも、ドラマティックな起伏で大いに盛り上げた。

モーツァルトのピアノ協奏曲第20番でソリストを務めた菊地洋子©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
モーツァルトのピアノ協奏曲第20番でソリストを務めた菊地洋子©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール

後半の「南国のばら」も元はオペレッタ(女王のレースのハンカチーフ)からのポプリ(接続曲)で、小林は14型のオーケストラを思いっきり鳴らして楽しさを前面に出す。モーツァルトで〝地固め〟したウィーン音楽の基盤を再び外に向かって解き放ち、爛熟(らんじゅく)の極みにある「ばらの騎士」への見事な導入の役目も担わせた。R.シュトラウスではサイズを16型に拡大、冒頭から芳醇(ほうじゅん)な響きがホールいっぱいに広がった。息の長いフレージングで旋律を大きくうねらせ、間の取り方も絶妙。コンサートマスターの日下や木管の首席奏者たちの巧みなソロの味わいも存分に際立たせつつ、オペラの名場面の数々が目に浮かぶカペルマイスター練達の至芸を存分に味わわせてくれた。

(池田卓夫)

R.シュトラウスは冒頭から芳醇(ほうじゅん)な響きがホールいっぱいに広がり、オペラの名場面が目に浮かぶような演奏だった©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
R.シュトラウスは冒頭から芳醇(ほうじゅん)な響きがホールいっぱいに広がり、オペラの名場面が目に浮かぶような演奏だった©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール

公演データ

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2025
読売日本交響楽団「華麗なるウィーン、黄金の響き」

7月31日(木)19:00ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:小林資典
ピアノ:菊池洋子
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:日下紗矢子

プログラム
ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466
ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「南国のばら」Op.388
リヒャルト・シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」組曲

ソリスト・アンコール
モーツァルト:グラスハーモニカのためのアダージョK.356

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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