フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2025 東京交響楽団 オープニングコンサート

壮大な物語の余韻に包まれた「言葉のない〝指環〟」

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2025が、ジョナサン・ノット指揮による東京交響楽団で幕を開けた。ワーグナーとベートーヴェンという曲目で、スイス・バーゼル劇場でのワーグナーの「ニーベルングの指環」チクルスも大人気のノットだけにチケットは完売、東響音楽監督としてのラスト・シーズンに猛暑を吹き飛ばす熱い喝采が鳴り響いた。

東響音楽監督としてのラスト・シーズンを迎えたノットが、ワーグナーとベートーヴェンのプログラムを披露 ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
東響音楽監督としてのラスト・シーズンを迎えたノットが、ワーグナーとベートーヴェンのプログラムを披露 ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール

プレトークでノット自身が語ったとおり、最初の「ローエングリン」第1幕への前奏曲は「最も美しく切ない」音楽が澄み切った音で奏でられた。コントラバス8本、対抗配置の16型の弦という大編成のオーケストラがまろやかに溶け合って聖なる光を映し出す。続くベートーヴェンの8番はコントラバス5本、12型の編成。「ウィットに富んだ作品」というこの曲は次々と変化する曲想を見事に演じ分ける千両役者のような指揮だ。ベートーヴェンの溢れ出る発想が目一杯詰め込まれた作品だと改めて思う。

メインの「言葉のない〝指環〟」(ワーグナー/マゼール編)は本来15時間を超える超大作「ニーベルングの指環」(全4部作)を1時間強にまとめたもの。物語の流れに沿ってエピソードが次々に展開するが、ヴォータンとブリュンヒルデの父娘の相克と愛情(ワルキューレ)や、ジークフリートとブリュンヒルデの幸福感あふれる夜明け(神々の黄昏)などはたっぷりと描かれ、最後の「ジークフリートの葬送行進曲」から「ブリュンヒルデの自己犠牲」に至るカタルシスがある。ノットは「指環」を構成するライトモティーフを丁寧に描き、管弦楽の響きはこの上なくブレンドされ細かな響きまでクリアに届くホールの特性と相まって、バイロイト祝祭劇場で聴くパワーと深みのあるワーグナーサウンドが蘇った。ニーベルハイムの鍛治の音を2階オルガン前とその左右の客席後方から6名の打楽器奏者に叩かせたり、ホルン奏者が途中裏に回ってジークフリートのラインへの旅を遠近感と共に描くなどオペラ的な工夫も。4本のワーグナーチューバをはじめとする大編成の管弦楽が猛々しく放つ圧巻の葬送行進曲の後で綿々と描かれてきたライトモティーフが走馬灯のように流れ、最後の音が消えた瞬間、壮大な物語の余韻に包まれた。

ワーグナー(マゼール編)「言葉のない〝指環〟」 ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
ワーグナー(マゼール編)「言葉のない〝指環〟」 ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール

終演後も多くの拍手に促され客席に感謝の意を表するマエストロの姿が印象的だった。
(毬沙琳)

ノットは終演後も多くの拍手に促され客席に感謝の意を表した ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
ノットは終演後も多くの拍手に促され客席に感謝の意を表した ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール

公演データ

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2025
東京交響楽団 オープニングコンサート

7月26日(土)15:00ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ジョナサン・ノット
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:グレブ・ニキティン

プログラム 
ワーグナー:歌劇「ローエングリン」から第1幕への前奏曲
ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調Op.93
ワーグナー(マゼール編):言葉のない〝指環〟(「ニーベルングの指環」管弦楽曲集)

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毬沙 琳

まるしゃ・りん

大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。

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