ライヴ感体験ならではの充実感、生きの良い音楽で聴衆を愉しませる
7月の日本フィル定期は、恒例となった広上淳一[フレンド・オブ・JPO(芸術顧問)]の指揮で、佐藤聰明のバス・クラリネット協奏曲(世界初演。独奏はフランス・ムソー)と、ホルストの組曲「惑星」が演奏された。

ムソーのために書かれた佐藤聰明の協奏曲は、2017年に作曲されながら、コロナ期間中の初演予定が叶わず、お披露目が今回にまで至った作品。独奏バス・クラリネット、ハープ、弦楽という編成だ。曲は、(もはや死語に近いかもしれないが)〝幽玄〟との形容が相応しい音楽。発音方法の異なる3種の器楽が、特性の差異を示しつつ、宇宙的ともいえる音空間を醸成する。ハープが琴、バス・クラリネットが尺八を彷彿させる場面をはじめ、和のテイストも濃厚だ。ムソーは、楽器の特殊性を意識させない自然なスタンスで、太く柔らかなソロを聴かせる。滅多にない編成によるこの静謐(せいひつ)な音楽は、不思議なインパクトをもたらしたと言っていい。

「惑星」は、ただでさえスペクタクルな作品が、よりスペクタクルに表出された。とにかく全体にスケールが大きい。「火星」は出だしのリズムからメリハリがあって終始迫力十分。小型惑星の火星が大型惑星の木星ほど巨大に感じられた。軽妙な「水星」でさえも様々な動きが存在を主張する。「木星」は、あらゆる音が生気を帯びており、有名な中間部のフレーズはことのほか大きく歌われる。同曲をはじめホルンの健闘も光る。「海王星」の女声合唱(東京音楽大学)は、会場外ではなく、2階LAブロックの上で普段ないほど明瞭に歌われ、明確に閉じられる。これは極めて珍しい。

いかにも広上らしい生きが良くて面白いコンサート。音楽を決してルーティン・ワークにしないこの行き方が、ライヴ体験ならではの充実感を与えてくれるのは間違いない。
(柴田克彦)
公演データ
日本フィルハーモニー交響楽団 第772回東京定期演奏会
7月11日 (金)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:広上 淳一
バス・クラリネット:フランス・ムソー
女声合唱:東京音楽大学
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:田野倉 雅秋
プログラム
佐藤聰明:バス・クラリネット協奏曲〝ファン・ゴッホへのオマージュ〟(世界初演)
ホルスト:組曲「惑星」Op.32
ソリスト・アンコール
フランス・ムソー:パストラーレ
※他日公演
7月12日 (土)14:00サントリーホール 大ホール

しばた・かつひこ
音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。