これぞスイス・ロマンド管!生命力と官能性を宿した色彩豊かな音楽を聴かせる
ジョナサン・ノットがスイス・ロマンド管弦楽団を率いて来日。彼はこのオーケストラの音楽/芸術監督を2017年から務めている。サントリーホールでの公演では、まず、ドビュッシーの「ピアノのための12の練習曲」の第9、10、12曲をスイス出身の作曲家ミカエル・ジャレル(1958年生まれ)がオーケストラ用に編曲した「ドビュッシーによる3つのエチュード」が演奏された。原曲を大きく変えることなく、繊細に幾重にも楽器を重ねたアレンジ。ノット&スイス・ロマンド管は、色が混ざり合うように音が混ざり合う、色彩的なオーケストレーションを丁寧に再現。とても洗練された演奏だった。

続いてHIMARIが登場し、シベリウスのヴァイオリン協奏曲を弾いた。彼女は、冒頭から澄んだ美しい音で作品を始める。演奏の精度が高く、技術的にも申し分がない。そして第2楽章の弱音表現の美しさが際立った。ノットはオーケストラの音量をコントロールし、HIMARIの繊細で緻密な演奏に最大限協力していた。全体的には、HIMARIの演奏に、もう少し作品の内側からわき起こるエモーションの表出があってもよいと思ったし、第3楽章には民族舞曲的な躍動感もほしいと思われた。ソロ・アンコールでは、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第6番を弾いた。洗練された高度なテクニックが披露された美しい演奏。

後半はストラヴィンスキーの「春の祭典」。ノットはこの作品を暗譜で指揮した。音楽の流れがよく、リズムも自然に感じられる。一つ一つの楽器が主張し、色彩豊かで、賑々しく、楽しい。オーケストラはノリ良く演奏しているが、決して粗野にはならない。その演奏から感じられる生命力や官能性こそがスイス・ロマンド管の魅力であろう。最後の一撃はオーケストラの雄叫びのように聴こえた。

アンコールは、ラヴェルの「マ・メール・ロワ」から〝妖精の庭〟。ノットの心優しい演奏でコンサートが締め括られた。
(山田治生)
公演データ
ジョナサン・ノット指揮 スイス・ロマンド管弦楽団
7月9日(水)19:00 サントリーホール 大ホール
指揮:ジョナサン・ノット
ヴァイオリン:HIMARI
管弦楽:スイス・ロマンド管弦楽団
プログラム
ジャレル:ドビュッシーによる3つのエチュード
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調 Op.47
ストラヴィンスキー:バレエ「春の祭典」
ソリスト・アンコール
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第6番ホ長調 Op.27-6
アンコール
ラヴェル:組曲「マ・メール・ロワ」より第5曲〝妖精の園〟
※他日公演
〇7月11日(金)19:00 京都コンサートホール 大ホール
指揮:ジョナサン・ノット
チェロ:上野通明
管弦楽:スイス・ロマンド管弦楽団
プログラム
W.ブランク:モルフォーシス
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 Op.107(チェロ: 上野 通明)
ストラヴィンスキー:バレエ「ペトルーシュカ」(1911年版)
〇7月12日(土)15:00 とりぎん文化会館(鳥取県立県民文化会館) 梨花ホール
指揮:ジョナサン・ノット
ヴァイオリン:HIMARI
管弦楽:スイス・ロマンド管弦楽団
プログラム
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調 Op.47
ストラヴィンスキー:バレエ「春の祭典」
〇7月13日(日)15:00 愛知県芸術劇場コンサートホール
指揮:ジョナサン・ノット
ヴァイオリン:HIMARI
管弦楽:スイス・ロマンド管弦楽団
プログラム
ジャレル:ドビュッシーによる3つのエチュード
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調 Op.47
ストラヴィンスキー:バレエ「春の祭典」

やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。