引く手数多の俊英による凄味すら感じる快演
いきなり、まったく力みなく、深いサウンドがオーケストラから引き出されて驚いた。最初の曲はオランダのワーヘナールによる序曲「シラノ・ド・ベルジュラック」。初めて聴く曲だったが、歯切れのよい音楽から、ワーグナーやリヒャルト・シュトラウスの影響が強い濃密なロマンティシズムが湧き上がる。オーケストラが完全に掌握されていなければ、このクオリティには至らない。
2018年に史上最年少でロッテルダム・フィルの首席指揮者に就任し、いまなお36歳のラハフ・シャニ。このオーケストラとの深い絆に加え、欧米で引く手数多の理由が冒頭から強く伝わった。

続いてプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番。シャニ自身、この曲をよく弾きぶりするそうだが、2021年のショパン国際ピアノ・コンクールの覇者、ブルース・リウの持ち味を見事に引き出した。そのリウはプロコフィエフのアクの強さは控えめに、旋律美やリリシズムを打ち出した、清冽で躍動感あふれる華麗なピアノ。その分、アイロニカルな響きなどはオーケストラが受け持ちつつ、ピアノとの相性は申し分なかった。

その後、椅子が運ばれてきて、シャニと連弾でドヴォルザークのスラヴ舞曲第2集第2番が、アンコールとして演奏された。息の合った演奏を聴き、プロコフィエフの見事なまとまりに得心がいった。


メインはドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。衝撃的なほど、良い意味で個性的な演奏だった。第1楽章での主題の劇的な進行は、地面から湧き上がるよう。地面を鮮やかに掘り下げているようだ、とでもいえばいいだろうか。しかもヘラクレスのように引き締まっている。それだけに、第2楽章のイングリッシュ・ホルンによる有名な主題の郷愁美が強調される。第3楽章のスケルツォは、強い力がかかりながら足どりは軽やかで精緻。第4楽章はむろんダイナミックなのだが、かなり個性的な音を厚く重く響かせ、故国への郷愁を超えた情念のようなものまでが迫ってくる。
この曲の凄味をあらためて知らされた快演だった。
(香原斗志)
公演データ
ラハフ・シャニ指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団 東京公演1日目
6月26日(木) 19:00サントリーホール 大ホール
指揮:ラハフ・シャニ
ピアノ:ブルース・リウ
管弦楽:ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
プログラム
ワーヘナール:序曲「シラノ・ド・ベルジュラック」Op.23
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番ハ長調Op.26
ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調 Op.95「新世界より」
ソリスト・アンコール
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 第2集 第2番 Op.72-2
アンコール
メンデルスゾーン:無言歌集 より「紡ぎ歌」Op.67-4
メンデルスゾーン:無言歌集 より「ヴェネツィアの舟歌」Op.19-6
※首都圏の他日公演
〇6月27日(金)19:00 サントリーホール 大ホール
指揮:ラハフ・シャニ
ヴァイオリン:庄司 紗矢香
管弦楽:ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
プログラム
モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲K.492
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.61
ブラームス:交響曲第4番ホ短調Op.98
〇6月28日(土)14:00 横浜みなとみらいホール 大ホール
指揮:ラハフ・シャニ
ヴァイオリン:庄司 紗矢香
管弦楽:ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
プログラム
モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲K.492
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.61
ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調Op.95「新世界より」

かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。