鬼気迫るショスタコーヴィチに感服!葵トリオが魅せたピアノ三重奏の世界
今年も葵トリオが「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)」に帰ってきた。ピアノの秋元孝介、ヴァイオリンの小川響子、チェロの伊東裕の3人は、東京藝術大学で学んだ後、サントリーホール室内楽アカデミーで研鑽(けんさん)を積み、2016年に葵トリオを結成。2018年のミュンヘン国際音楽コンクールで第1位を獲得して以来、国際的に活躍している。また、現在、小川は名古屋フィルのコンサートマスターを、伊東は東京都交響楽団の首席奏者を務めるなど、日本のオーケストラ界でも重責を担う。

葵トリオはCMGで「7年プロジェクト」として、ベートーヴェンの没後200年にあたる2027年まで、毎年、1曲ベートーヴェンのピアノ三重奏曲を取り上げ、第5回の今年は、第5番「幽霊」を演奏。第1楽章冒頭から非常に勢いがある。そして演奏のスケールが大きい。3人は雄弁でかつ音が溶け合っている。
続いて、マルティヌーのピアノ三重奏曲第2番。彼らの演奏は細やかな表情の変化に富む。第2楽章では、ピアノの清らかな美しさとヴァイオリンの情感のこもったカンタービレが印象的。3人がこの曲の魅力を見事に引き出し、もっと演奏されてもよい作品であることに気づかせてくれた。
葵トリオの「7年プロジェクト」ではアニバーサリーの作曲家の作品が取り上げられているが、今年は、没後50周年のショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番が演奏された。チェロのフラジオレットの澄んだ音で第1楽章が始まり、激しい第2楽章では個々の技量及びアンサンブル能力の高さが示された。第3楽章ではピアノの最強音に対して、弦楽器は細かいヴィブラートで悲痛な音色を奏でる。そして終楽章では、もうみんなで狂ったように踊るしかない。まさに鬼気迫る演奏。
アンコールに穏やかで平和なベートーヴェンのピアノ三重奏曲第6番第3楽章が演奏されたが、個人的にはもう少しショスタコーヴィチの凄絶(せいぜつ)な演奏の余韻に浸っていたかった。それほど葵トリオのショスタコーヴィチに感銘を受けたということである。
ピアノ三重奏といえば、それぞれの楽器の名手が寄り集まって合わせるものというイメージが強いが、葵トリオの演奏会(プログラムを含めて)を聴くと、常設のトリオにしかできない活動をしていることが実感できる。彼らにはまだ十分に知られているとは言い難いピアノ三重奏のフィールドを切り拓(ひら)いてほしい。
(山田治生)
公演データ
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン2025
葵トリオ ピアノ三重奏の世界~7年プロジェクト第5回
6月13日(金) 19:00サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
ピアノ三重奏:葵トリオ
ピアノ:秋元孝介
ヴァイオリン:小川響子
チェロ:伊東裕
プログラム
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第5番ニ長調 Op.70-1「幽霊」
マルティヌー:ピアノ三重奏曲第2番ニ短調 H.327
ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番ホ短調 Op.67
アンコール
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第6番 変ホ長調 Op.70-2 より第3楽章

やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。