日本フィルが室内楽チームに一変、崇高なチェロが偉大な花を添えた
タカーチ弦楽四重奏団創立者で第1ヴァイオリン奏者、ブダペスト祝祭管弦楽団コンサートマスター、紀尾井ホール室内管弦楽団への客演など多彩な「顔」で来日を重ねてきたガボール・タカーチ=ナジ(1956―)がフル編成の日本の楽団を初めて指揮した。

蓋(ふた)を開けてみると、ドヴォルザーク「チェロ協奏曲」とブラームス「ハイドン変奏曲」は12型(第1ヴァイオリン12人)、モーツァルト「ジュピター」はさらに刈り込んで10型の配置でティンパニも古典型に切り替えた。タカーチ=ナジはヴェルビエ音楽祭室内管弦楽団やマンチェスター・カメラータ、セントポール室内管弦楽団などとの緊密な共同作業を通じ蓄えてきた方法論を一切の躊躇(ちゅうちょ)なく援用し、マーラーやブルックナーの重厚長大音楽を本領とする日本フィルを清澄繊細な音色、俊敏な動きの室内楽集団に一変させてしまったのだ。指揮台を置かず、指揮棒を持たず、譜面台を置き、大まかな指示を多彩な身振りで与えた後は楽員の自発性に委ねるので、ストレスを伴わない響きが自然に広がり、次第に熱を帯びていく。「ジュピター」の最後はホルン、トランペットの4人(モダン楽器だがナチュラル管に近い音に整えられていた)が起立して吹いた。

前半のドヴォルザーク。指揮者と同郷のハンガリー人チェロ奏者ペレーニは1948年生まれ。筆者が彼の独奏するドヴォルザークを最初に横浜で聴いたのは50年近く前なので今夜の味わい深い運びを最初、枯淡の境地と誤解した。だが聴き進むうちに半世紀前の記憶がどんどん蘇り、ペレーニがデビュー当時から自己を声高に主張せず、聴き手の耳から心にかけ、音楽をじっくりと語りかける崇高な芸術家であり続けてきた真実に思いが至った。ひたひたと押し寄せる感動は、最終楽章終結部の極めて息の長いソロで最高潮に達した。アンコールのバッハ無伴奏は神々しくさえあった。

日本フィルはこのところ、協奏曲に若手から中堅のソリストを起用する機会が多かったので、老大家の味わい深い音楽を久々に堪能した感もある。かつてペレーニと弦楽四重奏団を組んでいたタカーチ=ナジは時に弦の人数を増減し、チェロ独奏の明瞭度を一貫して支えた。
1晩で2つの音楽会を聴いたような、特別の充実感に満ちた定期だった。
(池田卓夫)
公演データ
日本フィルハーモニー交響楽団 第771回東京定期演奏会
6月6日(金)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:ガボール・タカーチ=ナジ
チェロ:ミクローシュ・ペレーニ
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:扇谷泰朋
プログラム
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調Op.104、B.191
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲 変ロ長調Op.56a
モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」ハ長調 K.551
ソリスト・アンコール
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007より第2曲アルマンド
アンコール
モーツァルト:交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」より第3楽章
※他日公演
6月7日(土)14:00サントリーホール 大ホール

いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。