逞しく昂揚したOEK、透明な音色を全開させた合唱と輝かしく歌い上げる声楽パートが、ラストで完璧に調和
名匠・鈴木秀美が、気心知れた合唱団コーロ・リベロ・クラシコを率いて金沢に乗りこみ、アビゲイル・ヤングをコンサートマスターとするオーケストラ・アンサンブル金沢(以下OEK)および3人の声楽ソリストとともに、得意のハイドンのオラトリオ「天地創造」を演奏する。

評者は当サイトでこの演奏会を5月のイチオシに選び、期待に満ちて聴きに行ったわけだが――実際の演奏は、予想していたものとは、ちょっと違った。といっても、それは解釈の問題だろうから、良し悪しを言うわけではない。ただ、鈴木秀美とOEKは、このヒューマンなあたたかさを湛(たた)えたオラトリオを、どちらかといえばむしろ淡々と、客観的に描き出していたように感じられたのである。
全曲冒頭、ハ短調の和音を劇的にたたきつけた鈴木秀美とオーケストラは、続くラルゴの「天地の混沌」を極めて遅いテンポで暗鬱に語る(天使ラファエルを歌う氷見健一郎のレチタティーヴォが重々しく効果的だった)が、その雰囲気は、神の「光りあれ!」の一語で明るく解放されるはずの最強音にまで引きずられているかのようだった。合唱が「神の御言葉のままに新しき世界が生まれた」と歌う個所など、もう少しオーケストラに、弾むような歓喜の感情が湛えられてもよかったのではないか?

そのあとも、第1部の頂点「天は神の栄光を語り」や、神の御業が完成した歓びが歌われる第2部の終結のような、曲自体が強靭(きょうじん)な力感を持つ個所では演奏にも昂揚感が整うのだが、力強い天使ウリエル(谷口洋介)や伸びやかな天使ガブリエル(中江早希)も加わって繰り広げられる、レチタティーヴォとアリアが交錯するような個所においても、OEKの演奏にもっと高らかな幸福感が伴えば、と惜しまれる。このあたり、客演指揮者とオーケストラの呼吸の問題なのかとも思われるが、定かではない。第1部と第2部のそれぞれあとの聴衆の拍手が、なにか戸惑い気味の雰囲気だったのも、その反映ではなかったろうか。
だが幸い、第3部は、アダム(氷見)とエヴァ(中江)の愛の歌が中心になるためもあって、演奏の流れにも美しい叙情感があふれて行く。すべてが完璧な調和をなしたのが全曲の最後を飾る「主に向かいて歌え」であったろう。この部分は晩年のハイドンが全力を傾注した熱狂的な賛歌だが、そこでは合唱団が本来の透明な音色を全開させた。そしてこの第3部の初めから舞台後方の合唱団の前に移動していたウリエルに続き、アダムとエヴァも賛歌の前に同じ位置へ移動し、今や声楽パートが一体となって歓呼しつつ、その中で中江早希が高音の精妙なパッセージをひときわ輝かしく繰り広げて行く。OEKも逞(たくま)しく昂揚した。客席からは、この日初めてブラヴォーの声と熱狂的な拍手が沸き起こった。
(東条碩夫)

公演データ
オーケストラ・アンサンブル金沢 第493回定期公演
オラトリオ「天地創造」
5月24日(土)14:00石川県立音楽堂 コンサートホール
指揮:鈴木秀美
ソプラノ:中江早希
テノール:谷口洋介
バス:氷見健一郎
合唱:コーロ・リベロ・クラシコ
管弦楽:オーケストラ・アンサンブル金沢
コンサートマスター:アビゲイル・ヤング
プログラム
ハイドン:オラトリオ「天地創造」Hob.XXI-2

とうじょう・ひろお
早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(中公新書)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。ブログ「東条碩夫のコンサート日記」 公開中。