伝統に息吹を——ユロフスキ×ベルリン放送響、明晰な構築と情熱の響き
ドイツ伝統の翳りある響きを湛えつつ、各声部が明晰に浮かび上がり、構築性と情熱を兼ね備えた音楽を紡ぐ——それが、現在のユロフスキ指揮ベルリン放送交響楽団の姿である。ベートーヴェンからショパン、ブラームスに至るまで、その特長は一貫して発揮された。

冒頭のベートーヴェン:エグモント序曲では、硬質で澄んだヴァイオリン、陰影に富むヴィオラとチェロ、重厚なコントラバス、くすんだ柔らかさをもつ木管、そして切れのある金管が一体となり、緊張感に満ちた重層的な響きを生み出す。終結部ではユロフスキがピアニッシモからクレッシェンドをかけ、壮大な盛り上がりとともに勝利の主題を輝かしいクライマックスへと導いた。
続くショパン:ピアノ協奏曲第2番では、辻󠄀井伸行が繊細なガラス細工のように澄みきった純粋な音色で旋律をたっぷりと歌い上げる。第2楽章では、夢見るような甘美な主題がトリルや装飾音に彩られ、天上の世界を思わせる響きが広がる。ユロフスキとベルリン放送響は、オペラ歌手に寄り添うかのように辻󠄀井と息を合わせ、旋律を丁寧に支えた。オーケストラの繊細で陰影に富んだ音色は、ショパンのロマンティシズムと見事に溶け合っていた。
鳴りやまぬ拍手に応え、辻󠄀井はアンコールにショパンを2曲。ノクターン第20番 嬰ハ短調「遺作」では、モーツァルトを思わせる純粋無垢な表情を聴かせ、エチュード作品10-4では華やかな技巧が冴えわたった。

後半のブラームス:交響曲第4番では、3日連続公演による疲労もあってか、第1楽章冒頭はやや精彩を欠いたが、再現部以降はテンポを引き締めて構成を明晰に保ち、コーダでは堂々たる締めくくりを見せた。第2楽章では、弦のピッツィカートや木管の柔らかなアンサンブルが心に沁み、第2主題のチェロとヴァイオリンの対比の美しさ、再現部での厚みある響きが印象的。第3楽章は、気迫あふれるスケルツォとして、切れ味鋭く展開された。
第4楽章のパッサカリアでは、主題提示からすでに緊張感が漂い、変奏が進むにつれて音楽の推進力と緊迫感が高まっていく。第4〜7変奏の弦の充実、第12変奏フルートの寂寥(せきりょう)、第18変奏ホルンの気品、第20変奏トロンボーンの重厚な存在感など、聴きどころは尽きない。終盤ではさらに力感を高め、劇的なアーチを描いて締めくくった。

疲れを感じさせないアンコールも2曲。バッハ:G線上のアリアでは内声を支えるヴィオラが絶妙に響き、ブラームス:ハンガリー舞曲第1番は活力に満ちていた。
ユロフスキは、2023年に創立100周年を迎えたベルリン放送響の伝統の響きに、新たな息吹をもたらしている。
(長谷川京介)
公演データ
ウラディーミル・ユロフスキ指揮 ベルリン放送交響楽団 辻󠄀井伸行(ピアノ)
5月12日(月)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:ウラディーミル・ユロフスキ
ピアノ:辻󠄀井伸行
管弦楽:ベルリン放送交響楽団
プログラム
ベートーヴェン:エグモント序曲
ショパン:ピアノ協奏曲第2番
ブラームス:交響曲第4番
ソリスト・アンコール
ショパン:ノクターン第20番 嬰ハ短調「遺作」
ショパン:エチュード 作品10-4
オーケストラ・アンコール
J.S.バッハ:G線上のアリア
ブラームス:ハンガリー舞曲第1番

はせがわ・きょうすけ
ソニー・ミュージックのプロデューサーとして、クラシックを中心に多ジャンルにわたるCDの企画・編成を担当。退職後は音楽評論家として、雑誌「音楽の友」「ぶらあぼ」などにコンサート評や記事を書くとともに、プログラムやCDの解説を執筆。ブログ「ベイのコンサート日記」でも知られる。