ギターの多彩な魅力を楽しんだ贅沢な夜
20数年ぶりに来日した世界的なギター・デュオ、アサド兄弟を中心に、様々なジャンルのトップギタリストたちが紀尾井ホールに集った。
オープニングステージに登場したのは、韓国系ベルギー人のデニス・ソンホ。城戸かれんら5人の弦楽器奏者とのアンサンブルだ(なおギタリストは後半の山下愛陽とアサド兄弟以外は、ステージ上のスピーカーで音を若干増幅)。ソンホはアサド兄弟らに学んでクラシックからポップス、先鋭的なモダンな音楽までを手掛ける才人。自作の2曲や「インディゴ」はリリカルでロマンティックな佳曲。ソンホのギターは豊かなサウンドで音楽は骨太かつパッショネート。「アストゥリアス」の最弱音のトレモロからのクレッシェンドや、楔を打ち込むかのような鋭い和音、編曲における弦楽器の用法が印象的だ。

第2ステージはクラシックの大萩とフラメンコの沖、ジャズの小沼ようすけによる異ジャンルユニット、トレス(TRES)。小沼と沖それぞれの自作に、セルジオ・アサドの〝招待〟、チュニジア系フランス人の作曲家ディアンスによるタンゴ風作品でいずれも3重奏だが、3人とも楽器も構え方も奏法も異なる。そもそも音楽の語法が違う。それぞれのスタイルでソロを取り、伴奏に回るのだが、曲が進むにつれていつしか高度な次元で一つの音楽に収斂されていく。曲間の3人のMCも楽しく、アサド兄弟の魅力について大いに語った。

第3ステージは山下愛陽の独奏。彼女の集中力は凄まじい。「世紀を渡る変奏曲」が始まると顔がネックに傾き、ギターの響きに埋没するかのよう。しなやかな指さばき、彫琢(ちょうたく)された音色、繊細なソノリテの造形。バリオスの「つむぎ歌」の滑らかなトレモロと情感豊かなフレージング。圧巻はバッハの「シャコンヌ」だ。かなり遅いテンポで一音一音を心に沁み込ませるように弾く。フレーズはどこまでも長く洗練され、トレモロは繊細。自然なアゴーギクや安定した構成感など、高い芸術性を示すと同時に、どの瞬間にも彼女自身の表現が息づいている。

そしていよいよ、メインステージのアサド兄弟。ピアソラの師匠のオマージュともいえる「組曲」からの〝バンドネオン〟〝シータ〟。彼らのギターの音は驚くほど大きい。二人とも一見思い思いに弾いているようだが、曲のポイントや情感、精神はぴたりと合う。ラテン的な愉悦に富んだ力強いリズムやアゴーギクのもたらす揺らぎ。「ワルツ、コルタ・ジャカ」は軽妙洒脱で音色はカラフルだ。ジャズ風、シャンソン風、タンゴ風と様々なスタイルで書かれた「デイアンスと3つの時」や「パラーソ、やくざなバイヨン」のいずれにおいても、今のアサド兄弟の強靭な音楽と合奏力が示される。そして、最後の「タヒヤ・リ・オーソリナ」を終えると二人で肩を組んで退場。アンコールの〝さようなら〟の静かな余韻とともに、2度の休憩を入れておよそ2時間45分のコンサートを終えた。
(那須田務)
公演データ
THE GUITARIST!スーパーギタリスト 夢の競演
4月24日(木)18:30日本製鉄 紀尾井ホール
デニス・ソンホ with String Quintet(ヴァイオリン:城戸かれん、東亮汰Vn 、ヴィオラ:正田響子、チェロ:矢部優典、コントラバス:大槻健)
TRES(フランメンコ・ギター:沖仁、クラシック・ギター:大萩康司、ジャズ・ギター:小沼ようすけ)
山下愛陽
アサド兄弟
プログラム
デニス・ソンホ with String Quintet
デニス・ソンホ:「ラ・ニュイ(ザ・ナイト)」「レター」
イルマ:「インディゴ」
イサーク・アルベニス:「アストゥリアス」
TRES
小沼ようすけ:「Flyway」
沖仁:「FantasmaII」
セルジオ・アサド:組曲「夏の庭」より〝招待〟
ローラン・ディアンス:「タンゴ・アン・スカイ」
山下愛陽
マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ:「世紀を渡る変奏曲」
アグスティン・バリオス:「つむぎ歌」
J.S.バッハ:「シャコンヌ」(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番終曲)
アサド兄弟
アストラ・ピアソラ「トロイロ組曲」より〝バンドネオン〟〝シータ〟
ニャターリ:「ワルツ、コルタ・ジャカ」
セルジオ・アサド:「ディアンスと3つの時」、「タヒヤ・リ・オーソリナ」
ジスモンチ:「パラーソ、やくざなバイヨン」
アンコール(アサド兄弟)
セルジオ・アサド:「夏の庭」より〝さようなら〟

なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。