指揮者ゆかりの作品を、愛情深く描き出す
東京フィルの4月定期は桂冠指揮者の尾高忠明が登場し、彼とゆかりの深い作品を集めたパーソナルな構成となった。円熟の極にあるマエストロの長いキャリアを映す一夜。

スタートは、実兄で作曲家の尾高惇忠(1944~2021)による「音の旅」(オーケストラ版)から。もともとは小品を集めたピアノ連弾作品で、2020年にオーケストレーションが施され全15曲になった。今回は第1、5、15曲を取り上げた。1曲数分の穏やかな調性音楽で、尾高は慈しむように旋律を歌い込み、兄への追慕の念を表した。
ピアノの舘野泉は88歳、尾高の長い盟友でもある。東フィル初の欧州公演となった1984年のツアーに、尾高と同行した一人が舘野だった。後年に大病から復活し、左手のピアニストとして活動する舘野にとって、ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」は大切なレパートリーだ。
折しも今年はラヴェル生誕150年。舞台に車椅子で現れた舘野は敢然と難曲に挑み、特に緩徐部分でゆたかな詩情を通わせた。尾高と肩を抱き合って讃えた後、アンコールで弾いた「赤とんぼ」(梶谷修編)の澄みきった情感が胸に染みた。

尾高の英国音楽通ぶりは、つとに有名だ。エルガー未完の遺作、交響曲第3番を、遺稿のスケッチから補筆・完成させた英国の作曲家アンソニー・ペインと、尾高は交流があった。早くから魅力を見抜いて日本初演を行い、積極的に取り上げてきた。
気心の通じた東フィルとの演奏は淀みない流動感をたたえ、内的緊張感を保つ至芸となった。英国音楽の語法を知り尽くす尾高らしい安定感にあふれ、しみじみした寂寥感のたゆたう感覚が随所に表れた。

第1楽章ではふたつの主題の対比と展開が効果的で、経過句のしんみりした色合いが大英帝国の落日を想わせる。第2楽章のスケルツォでは、チャーミングで秘めやかな抒情を、しっとり引き出した。諦念や不安が濃厚な第3楽章アダージョ・ソレンネでは、ひたひた迫る憂愁を悠然と描き出し、最終楽章アレグロの活力とのコントラストを際立たせた。
よく言われる補作の弱点を気にさせない念入りな仕上げが、作品に対する尾高の強い愛情を示した。
(深瀬満)
公演データ
東京フィルハーモニー交響楽団 第1014回サントリー定期シリーズ
4月24日(木)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:尾高忠明(桂冠指揮者)
ピアノ:舘野 泉
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:三浦章宏
プログラム
尾高惇忠:「音の旅」(オーケストラ版)より
第1曲「小さなコラール」
第5曲「シチリアのお姫さま」
第15曲「フィナーレ~青い鳥の住む国へ~」
ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲二長調(ラヴェル生誕150年)
エルガー:交響曲第3番ハ短調Op.88(A. ペイン補筆完成版)
ソリスト・アンコール
山田耕筰(梶谷 修 編):赤とんぼ
他日公演
4月25日(金)19:00東京オペラシティ コンサートホール
4月27日(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール

ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。