ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 名曲全集 第206回

豊麗・壮麗な〝ロマン派の大交響曲としての第1稿〟を見事に構築

ジョナサン・ノット&東京交響楽団によるブルックナーの交響曲第8番。チラシに稿や版の記載がないので通常の第2稿と思い込んでいたが、配布プロには「第1稿/ノヴァーク版」の文字が……。作曲者本来の意図を表すともいわれる第1稿は、昨年9月に続いた高関健&東京シティ・フィル、ファビオ・ルイージ&N響のライヴの記憶も新しく、果たしてノットがいかなる表現を示すのか? 新たな興味が生まれた。

ジョナサン・ノットが東響とブルックナーの交響曲第8番(第1稿/ノヴァーク版)を披露した(C)藤本史昭/ミューザ川崎シンフォニーホール
ジョナサン・ノットが東響とブルックナーの交響曲第8番(第1稿/ノヴァーク版)を披露した(C)藤本史昭/ミューザ川崎シンフォニーホール

高関&シティ・フィルは、第1稿独自の音を明確に表出して生々しさや革新性を明示し、ルイージ&N響は、荒々しい角を研磨したより洗練味のある音楽を聴かせた。そして今回ノットは、第2稿と変わらぬ、豊麗・壮麗な〝ロマン派の大交響曲としての第1稿〟を見事に構築した。

まずは細部への丁寧な目配りと悠揚たる流れの共生……これは終始一貫して続いた。第1楽章冒頭から細やかな作りでじっくりと運ばれ、やがて壮大なクライマックスが築かれる。だがそれは〝石の大伽藍〟ではなく、柔らかい土で出来た雄大な台地のようだ。第2稿との顕著な違いである力強い終結も、こちらが自然であるようにさえ感じさせる。

細部への丁寧な目配りと悠揚たる流れの共生が、終始一貫して続いた(C)藤本史昭/ミューザ川崎シンフォニーホール
細部への丁寧な目配りと悠揚たる流れの共生が、終始一貫して続いた(C)藤本史昭/ミューザ川崎シンフォニーホール

第2楽章は流れが極めて滑らか。トリオは大きく歌われて主部と対照されるが、トーンは一貫している。第3楽章は実にしなやかで、芳しい花園を延々と逍遥しているかの如し。第4楽章は急激な場面転換もスムーズで、最後は〝大交響曲の長旅〟を終えた感慨と深い感銘に襲われた。

ブルックナーが元々表現したかったのはこういう音楽だったのかもしれない。そう思わせるに十分な説得力抜群の第1稿。東響各パートのパフォーマンスも光ったこの快演は、10年に亘るコンビネーションあってこそ成就されたものでもあろう。

(柴田克彦)

ノットと東響の10年に亘るコンビネーションがあってこその、説得力抜群の第1稿だった(C)藤本史昭/ミューザ川崎シンフォニーホール
ノットと東響の10年に亘るコンビネーションがあってこその、説得力抜群の第1稿だった(C)藤本史昭/ミューザ川崎シンフォニーホール

公演データ

東京交響楽団 名曲全集 第206回

4月6日(日)14:00ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ジョナサン・ノット
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:グレブ・ニキティン

プログラム
ブルックナー:交響曲 第8番ハ短調WAB108(第1稿/ノヴァーク版)

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柴田克彦

しばた・かつひこ

音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。

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