ベルチャ・クァルテット×エベーヌ弦楽四重奏団 第3夜

二つのクァルテットの力量と個性が縦横に発揮された弦楽八重奏の名作

21世紀の弦楽四重奏の一世代を代表するベルチャ・クァルテット(以下「べルチャ」)とエベーヌ弦楽四重奏団(以下「エベーヌ」)が、トッパンホールでそれぞれのコンサートを行い、最後に合同で弦楽八重奏曲の名曲を演奏した。その第3夜をレポートする。なお「エベーヌ」は、チェロがメルランから岡本侑也に代わって初の日本ツアーになるという。

ベルチャ・クァルテットとエベーヌ弦楽四重奏団が共演、弦楽八重奏曲の名曲を演奏した(C)大窪道治 写真提供:トッパンホール
ベルチャ・クァルテットとエベーヌ弦楽四重奏団が共演、弦楽八重奏曲の名曲を演奏した(C)大窪道治 写真提供:トッパンホール

前半はメンデルスゾーンの作品20。ヴァイオリンⅠとⅡをそれぞれ「エベーヌ」のコロンベとマガデュールが、ⅢとⅣを「ベルチャ」のベルチャとスヨンが担当。第1楽章は、3挺のヴァイオリンなどの伴奏に乗ってヴァイオリンⅠが主題を奏でるのだが、鳥が翼を広げて飛び立つ時の、風のざわめきや羽音が聴こえるようで、その迫力とエネルギーたるや!各人が表現力の限りを尽くしてぎりぎりのところで纏(まと)まっている。弱音が中心の第2楽章も張り詰めた緊張感がみなぎる。ヴァイオリンⅠとⅡの奏でる第2主題の憧憬に満ちた歌もふくめて、あらゆる表現の密度が高く、楽章が終わった後の沈黙ですら凝縮して聴こえるほどだ。第3楽章スケルツォは猛烈な速さ。各人のファンタジーと名人芸が縦横に発揮され、「ヴァルプルギスの夜」の魔物たちの飛翔や舞踏が連想される。二つのチェロのフガートで始まる終楽章も狂おしいほどの激しさ。最後まで攻めの姿勢でフォルティッシモの総奏などはクァルテットが3つも4つも演奏しているかのよう。

エネスク:弦楽八重奏曲 ハ長調Op.7(C)大窪道治 写真提供:トッパンホール
エネスク:弦楽八重奏曲 ハ長調Op.7(C)大窪道治 写真提供:トッパンホール

後半のエネスクでは代わって「ベルチャ」の二人がヴァイオリンⅠとⅡ。第1楽章冒頭の主題は全楽器の動きがぴったり。コリーナ・ベルチャのヴァイオリンの明るい音色と繊細で艶めかしいフレージング、それを支える他の楽器の絶妙な音量。この曲では各人のずば抜けた技巧は、表現の一体感に向けられ、次々と現れる多様な楽想が的確に捕えられる。第2楽章冒頭のトゥッティの強奏はエキセントリックなまでに激しく、静動の対比をつけながらアンサンブルはさらに緊密かつ強靭(きょうじん)に。第3楽章はベルチャのソロの味わい豊かな語り口がすばらしい。アタッカで続く終楽章の奇怪なワルツ。ここでも各人のヴィルトゥオージが存分に発揮され、音楽ははじけ、躍動し、押し寄せる高揚の波とともに気分は果てしなく高まっていく。飛び切り活きが良く、密度の高い表現による秀演で作品の魅力を味わい尽くした。

演奏を終えて岡本侑也がアンコールを告げた。フォーレの「レクイエム」の終曲〝イン・パラディスム〟。シレムのヴィオラの分散和音が甘いオルガンのように聴こえ、スヨンのふくよかなヴァイオリンの奏でる旋律が楽園へといざなう。
(那須田務)

公演データ

ベルチャ・クァルテット×エベーヌ弦楽四重奏団

3月28日(金)19:00トッパンホール

ベルチャ・クァルテット
ヴァイオリン:コリーナ・ベルチャ
ヴァイオリン:カン・スヨン
ヴィオラ:クシシュトフ・ホジェルスキー
チェロ:アントワーヌ・レデルラン

エベーヌ弦楽四重奏団
ヴァイオリン:ピエール・コロンベ
ヴァイオリン:ガブリエル・ル・マガデュール
ヴィオラ:マリー・シレム
チェロ:岡本侑也

プログラム
メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 変ホ長調Op.20
エネスク:弦楽八重奏曲 ハ長調Op.7

アンコール
フォーレ(ラファエル・メルラン編):レクイエムOp.48より「イン・パラディスム」(弦楽八重奏版)

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那須田 務

なすだ・つとむ

音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。

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