「ゴルトベルク変奏曲」の新たな魅力を示したピノックとKCO
東京・春・音楽祭が始まって10日目の、初夏のような陽気の午後、東京文化会館小ホールにトレヴァー・ピノックと紀尾井ホール室内管弦楽団(KCO)がオール・バッハ・プログラムのコンサートを行った。「ブランデンブルク協奏曲」第3番とポーランドの作曲家ヨゼフ・コフレル(1896年~1944年)による室内管弦楽団版「ゴルトベルク変奏曲」(全曲)である。

「ブランデンブルク協奏曲」第3番はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ各3人に通奏低音のコントラバスとチェンバロの各パート1人編成。コンサートマスターの玉井菜採ら9名の弦楽器奏者たちがチェンバロを囲む。ピノックは立ったままの弾き振りで、第1楽章はダイナミックに躍動。各人がソロ機能を担いつつ、緊密なアンサンブルを繰り広げる。2つの和音のみが記されている中間楽章はピノックの即興演奏。仄(ほの)かな憂いを帯びた短調のパッセージが、フリギア終止の明るい和音を際立たせてト長調の終楽章へ。3つの楽器群の力強い掛け合い。同じ音型の繰り返しがもたらすビート感や高揚感が快い。ピノックは今年79歳になるが、名チェンバリストとしてイングリッシュ・コンサートを率い、颯爽(さっそう)とバッハを奏でていた若かりし頃の演奏が思い出される。

コフレル版の「ゴルトベルク変奏曲」は日本初演とのこと。前半は第15変奏までで、休憩を挟んで残りの15の変奏とアリアが演奏された。編成はヴァイオリンⅠ/Ⅱが各4、ヴィオラ、チェロ各3、コントラバス、フルート、オーボエ、コーラングレ、ファゴット。玉井菜採やヴィオラの安藤裕子、ファゴットの福士マリ子らKCOのメンバー以外にもチェロの上村文乃、佐藤晴真、フルートの松木さや、オーボエの荒木奏美ら気鋭のトップ奏者たちが揃う。ヴァイオリン群の奏でるアリアの主題は心がとろけるほど柔らかく、フレージングは洗練されている。内声がヴィブラートを控えているのでテクスチャーがぼやけず、装飾音の扱いはバロックのセオリー通り。

第1変奏は全楽器でダイナミックかつカラフル。第2変奏は木管のみでリリカル、第3変奏はフルートとヴァイオリンのソロが同度のカノンを繰り広げる。このように編曲はモダン楽器の機能と豊かな響きを生かしつつ、巧みに楽器を声部に割りふって多彩な音色を獲得している。そこに、無理のない自然なテンポ設定、明快かつ多様なアーティキュレーション、躍動感あふれるリズムやビート感、絶妙な音量のバランスといったピノックの音楽と、若い名手たちの集中度が高く、密度の高い演奏と相まって、「ゴルトベルク」の新たな魅力に耳が開かれるようだった。今年はピノックがKCOの首席指揮者に就任して3年目で、4月から第2期に入る。楽しみだ。
(那須田務)
公演データ
東京・春・音楽祭2025 紀尾井ホール室内管弦楽団
3月23日(日)15:00東京文化会館 小ホール
指揮/チェンバロ:トレヴァー・ピノック
管弦楽:紀尾井ホール室内管弦楽団
プログラム
J.S.バッハ:「ブランデンブルク協奏曲」第3番ト長調BWV1048
J.S.バッハ(ヨゼフ・コフレル編曲):ゴルトベルク変奏曲BWV988(室内管弦楽団版/ステュアート.ガーデン校訂)全曲版日本初演

なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。