チョン・ミョンフン指揮 日韓国交正常化60周年記念KBS交響楽団&東京フィルハーモニー交響楽団合同オーケストラ 特別演奏会

化学反応を超えた豊潤な音によるエネルギッシュなしなやかさ

東京フィルと、韓国のクラシック音楽界を牽引するKBS交響楽団。チョン・ミョンフンは前者に20年以上にわたりポストを持っており、後者では第5代首席指揮者を務めた。日韓国交正常化60周年を記念した演奏会であるなら、両者を知悉(ちしつ)するマエストロが、両者による合同オーケストラを指揮する以上にふさわしいものはない。

東京フィルとKBS交響楽団を知悉(ちしつ)するチョン・ミョンフンが指揮台に立った 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
東京フィルとKBS交響楽団を知悉(ちしつ)するチョン・ミョンフンが指揮台に立った 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

前半は第15回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの金メダリスト、ソヌ・イェゴンと、ジュネーヴ国際音楽コンクール第3位の五十嵐薫子の独奏で、モーツァルトの2台のピアノのための協奏曲。ソヌによる音の粒だった煌めくサウンドと、五十嵐のなめらかで温もりのある響きが呼応して、快活に歌うようなみずみずしい演奏が実現した。マエストロ・チョンが、そんな2人を穏やかに見守りながらオーケストラを導いたのも好ましかった。

モーツァルトの2台のピアノのための協奏曲。ソヌ・イェゴン(左)と、五十嵐薫子(右)による独奏 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
モーツァルトの2台のピアノのための協奏曲。ソヌ・イェゴン(左)と、五十嵐薫子(右)による独奏 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

続いてマーラーの交響曲第1番「巨人」。第1楽章冒頭の弦の持続音から、持っていかれた感があった。実際、曲中に自分の体が運ばれていくような感覚で、こだまする管楽器のファンファーレが絶妙な均衡で響いて心地よい。チョンの指揮は雄大だがしなやかで、畳みかけるように煽りながらも「段差」が生じないので、運ばれながら快いのである。だが、なにより驚いたのは、合同オーケストラの豊潤な音で、化学反応という言葉だけでは説明がつかない。2つのオーケストラがたがいに負けられないという強い意識を持ち、生まれたエネルギーをマエストロがまとめ上げた結果だろうか。

マーラーの交響曲第1番「巨人」 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

第2楽章のスケルツォは、地から湧き上がるようなリズム感で、第3楽章は荘厳にして精緻。そして第4楽章。音の豊饒の海をゆったりと渡っていき、第2主題の圧倒的なカンタービレへと力強くつながれる。コーダでさらに引き締まった盛り上がりを見せるが、豊潤な音によるエネルギッシュな演奏なのに、しなやかさが貫徹されている。それも強靭なしなやかさが。合同オーケストラによる一期一会の音が、円熟のタクトで紡がれたこの日の演奏を象徴していた。

(香原斗志)

公演データ

日韓国交正常化60周年記念 KBS交響楽団 & 東京フィルハーモニー交響楽団合同オーケストラ 特別演奏会

3月2日(日)14:00東京オペラシティ コンサートホール

指揮:チョン・ミョンフン(東京フィル 名誉音楽監督/KBS 交響楽団 桂冠指揮者)
ピアノ:ソヌ・イェゴン、五十嵐薫子
管弦楽:KBS交響楽団&東京フィルハーモニー交響楽団合同オーケストラ

プログラム
モーツァルト:2台のピアノのための協奏曲
マーラー:交響曲第1番「巨人」

アンコール
モーツァルト:4手のためのピアノ・ソナタ 二長調K.381より第2楽章

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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