セイジ・オザワ松本フェスティバル特別公演 サイトウ・キネン・オーケストラ ブラス・アンサンブル 2025

どこまでも明るく、超一流奏者たちの品格が保たれたアンサンブル

小澤征爾(1935―2024)が長野県松本市で1992年に立ち上げた「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」を「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」と改称した2015年、レジデント(座付)のサイトウ・キネン・オーケストラの金管&打楽器メンバーが室内楽公演の「ふれあいコンサート」のために組織したアンサンブル。2017年には全国4都市、2019年には7都市の単独ツアーを成功させた。コロナ禍以降初となる今回のツアーは9都市に拡大、6公演目に当たる2月19日、すみだトリフォニーホールの公演を聴いた。同ホールは1997年10月26日、小澤がこけら落とし公演を指揮した〝聖地〟でもある。

サイトウ・キネン・オーケストラ ブラス・アンサンブルが、すみだトリフォニーホールに登場©大窪道治/2025OMF
サイトウ・キネン・オーケストラ ブラス・アンサンブルが、すみだトリフォニーホールに登場©大窪道治/2025OMF

「腕利き奏者のマッチョなアンサンブル」という先入観はヤナーチェク「シンフォニエッタ」のファンファーレが始まった瞬間、良い意味で裏切られた。威圧感は皆無で、繊細な音感と奏者間の緊密な会話の室内楽を客席から見て左端、コンサートマスター格のガボール・タルコヴィ(トランペット)が時に右手で指揮をとりつつ巧みにリードする。さらに中央に座るラデク・バボラーク(ホルン)、右端のワルター・フォーグルマイヤー(トロンボーン)が朗々としたソロを披露しながら、要所を締める。高橋敦はピッコロ・トランペットの高音ソロを一手に引き受け、日本人チームの主将格だ。前半のヤナーチェク、サン=サーンス、ラヴェル、プロコフィエフは編曲とはいえ、メンバー全員がオーケストラで慣れ親しんだ作曲家なので、スリルよりはアンサンブルの妙を味わうパートに思えた。

シルクローパーの「フィガ」。ラデク・バボラーク(左)とガボール・タルコヴィ(右)がソリスト位置に立って演奏した©大窪道治/2025OMF
シルクローパーの「フィガ」。ラデク・バボラーク(左)とガボール・タルコヴィ(右)がソリスト位置に立って演奏した©大窪道治/2025OMF

後半は南北アメリカの作曲家の間にロシア人の小品がはさまる構成で、テンションが一気に上がった。ピアソラではフォーグルマイヤーのソロがラテンの熱風を吹き込み、タルコヴィ、バボラークへとバトンをつなぐ。シルクローパーの「フィガ」はバボラークとタルコヴィが手前のソリスト位置に立ち、名人芸の火花を散らす。グルーヴ感はガーシュウィンでピークに達し、客席も大いに沸いたが、全員がどこまでも明るく、超一流奏者の品格を保っていたのが素晴らしい。現代音楽でもタンゴでもないピアソラ、ジャズでもクラシックでもないガーシュウィンといった〝真空地帯〟の作曲家に対し、このブラス・アンサンブルは最高の相性を発揮するようだ。

アレンジは全曲、高橋と竹島悟史が担った。NHK交響楽団打楽器奏者の竹島はピアノ、ティンパニ、ドラム、シンバル、マリンバ、シロフォンなど管以外の楽器すべてを奏でて多彩な響きを与え、立体感を高めるのに大きく貢献した。

竹島悟史が、ピアノ、ティンパニ、ドラム、シンバル、マリンバ、シロフォンなど管以外の楽器すべてを奏でた©大窪道治/2025OMF
竹島悟史が、ピアノ、ティンパニ、ドラム、シンバル、マリンバ、シロフォンなど管以外の楽器すべてを奏でた©大窪道治/2025OMF

アンコール3曲の真ん中に置かれた東日本大震災からの復興応援ソング、「花は咲く」ではバボラークが主題を吹いてフォーグルマイヤー、高橋、タルコヴィ、ピーター・リンク(チューバ)……とリレー。メンバー全員の日本の人々、小澤に寄せる思いがひしひしと伝わった。

(池田卓夫)

公演データ

セイジ・オザワ 松本フェスティバル特別公演
サイトウ・キネン・オーケストラ ブラス・アンサンブル

2月19日(水)19:00すみだトリフォニーホール 大ホール

トランペット:ガボール・タルコヴィ、ライナー・キューブルベック、高橋 敦、服部孝也
ホルン:ラデク・バボラーク、勝俣 泰、阿部 麿
トロンボーン:ワルター・フォーグルマイヤー、呉 信一
バス・トロンボーン:ヨハン・シュトレッカー
チューバ:ピーター・リンク
ティンパニ&パーカッション&ピアノ:竹島悟史

プログラム
ヤナーチェク:「シンフォニエッタ」よりファンファーレ
サン゠サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」より終楽章
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
プロコフィエフ:バレエ音楽「ロミオとジュリエット」より
ピアソラ:「ブエノスアイレスのマリア」より
アルカディ・シルクローパー:フィガ
ガーシュウィン:「ポーギーとベス」より

アンコール
ジョン・ウィリアムズ:「スター・ウォーズ」より〝王座の間とエンド・タイトル〟
菅野よう子:花は咲く
ジョー・ザヴィヌル:バードランド

Picture of 池田 卓夫
池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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