たたみ込むようなドライブでN響と表情豊かな熱演を繰り広げる
NHK交響楽団の定期演奏会に来演中のトゥガン・ソヒエフは、これが3つめのプログラム。その月の全シリーズを任せられた厚遇に、両者の良好な関係と、すでに首席客演指揮者級の扱いが見てとれる。サントリーホールでのBプロは、スラブ/東欧系の民族色が強い組み合わせ。ソヒエフの幅広い対応力を示す舞台となった。
冒頭のムソルグスキー(リャードフ編)歌劇「ソロチンツィの市」の2曲から、濃厚な色合いを引き出すタクトと、N響の精緻な合奏能力とが合致した表情豊かな幕開けに。
バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番で独奏を務めたのは、N響第1コンサートマスターの郷古廉。ソヒエフが「才能にあふれ、いつも自然体でいられる」と信頼を寄せるように、折り目正しく端整なソロを披露した。演奏ノイズが極小で、透明度が高い滑らかな音色を惜しげなく繰り出し、土俗的なアクが抜けた爽快なバルトーク像を示した。
そうなるとバックのソヒエフも荒々しい野性味を抑え気味にし、むしろ都会的な整然とした風合いを前面に出してくるから懐が深い。作品の民俗性をクリーンに表した。第2楽章はアンダンテ・トランクイロの発想記号通り、静ひつな雰囲気を柔らかく作り、夢見心地の気分を演出した。
アンコールでは、N響第1コンサートマスターの今春就任が正式発表され当日もその役目を果たした長原幸太を、郷古自身が紹介し、バルトーク「44のヴァイオリン二重奏曲」から2曲を共演した。
後半はドヴォルザークの人気作、交響曲第8番ト長調。ソヒエフはウィーン・フィル来日で代役を引き受けた2023年11月にも、この曲を披露している。作品を知り尽くした安定感とツボを押さえたリードで、N響を精力的に引っ張った。
指揮のスタイルは独特だ。指揮棒を持たず、全身のバネを利かせて体をねじり、ぐいっと腕をすくい上げたり、ぐるぐる回したりして、たたみ込むようにドライブしていく。この仕草で指揮台に立たれたら、どんなオケでも全力を振り絞ることになるだろう。
当夜のN響も活力に満ちた熱演で、第3楽章では強じんな歌い回しが印象的。終楽章のホットな興奮の渦を経て、幕切れを迎えた。今後の発展がさらに楽しみだ。
(深瀬満)
公演データ
NHK交響楽団 第2030回定期公演 Bプログラム
1月30日(木)19:00サントリーホール
指揮:トゥガン・ソヒエフ
ヴァイオリン:郷古 廉(N響第1コンサートマスター)
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:長原幸太
プログラム
ムソルグスキー(リャードフ編):歌劇「ソロチンツィの市」─「序曲」「ゴパック」
バルトーク:ヴァイオリン協奏曲 第2番
ドヴォルザーク:交響曲 第8番ト長調 作品88
アンコール(ヴァイオリン)
バルトーク:44のヴァイオリン二重奏曲 から
第29曲「新年のあいさつ」[2]
第30曲「新年のあいさつ」[3]
第1ヴァイオリン:郷古 廉
第2ヴァイオリン:長原幸太
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。