新国立劇場2024/2025シーズンオペラ リヒャルト・ワーグナー「さまよえるオランダ人」(再演)

開演直前の主役の降板というピンチを乗り超えて公演を成功させた新国立劇場の底力を示した「さまよえるオランダ人」

新国立劇場オペラパレスの2025年はワーグナーの「さまよえるオランダ人」(マティアス・フォン・シュテークマン演出)で幕を開けた。2007年にプレミエされ、今回で4度目の再演となる同劇場の定番レパートリーのひとつである。

マティアス・フォン・シュテークマン演出、ワーグナー「さまよえるオランダ人」 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
マティアス・フォン・シュテークマン演出、ワーグナー「さまよえるオランダ人」 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

題名役はロシア出身のバス・バリトン、エフゲニー・ニキティンだったが、開演直前に体調不良のため急きょ降板するハプニングに見舞われた。オペラではたまにあることとはいえ、さすがに衣裳を身にまといメイクまで済ませた段階での降板は珍しい。代役を務めた河野鉄平の準備のため開演が約20分遅れ、彼の略歴が記されたペーパーも第1幕後の休憩時に配布されたことでもこの決定がいかに急であったことかが窺えた。河野は元々こうした事態に備えてスタンバイするカヴァーであった。オペラの本場ヨーロッパから遠く離れた日本で、歌手が急に出演できなくなった場合、すぐに代役を探すのは難しいためトーマス・ノヴォラツスキー第3代オペラ芸術監督(2003年10月~07年8月)の時代にこのシステムが導入されたのだという。

その河野だが急な出演であったため第1幕のモノローグこそ、声が十分に出ず音程も不安定であったが、上演が進むにつれて調子を上げ、第2幕、ゼンタとの二重唱のあたりから、実力を発揮し始め、最終的には見事に代役を務め上げた。

ゼンタ役のエリザベート・ストリッド 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ゼンタ役のエリザベート・ストリッド 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

ゼンタ役はエリザベート・ストリッド。ワーグナーを得意とするスウェーデン出身のソプラノで新国には初登場。第2幕の「ゼンタのバラード」では高音域への跳躍を柔らかく着地させるなど余裕を感じさせる歌唱。全体にフレージングがレガート気味で、欲をいえば第3幕、エリックとの掛け合いではもう少し硬さや激しさが欲しかった。ダーラントの松位浩は朗々たる美声で終演後、大きな喝采を集めた。他の歌手たちも水準を満たす歌唱と演技で公演の成功を支えた。

ダーラント役の松位浩が、朗々たる美声を披露した 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

指揮は新国初登場のマルク・アルブレヒト。オペラ、コンサート両面で活躍中の中堅。「オランダ人」については2003~06年、バイロイト音楽祭でクラウス・グート演出のプロダクションで指揮を務め、成功を収めている。筆者も何度か取材したがメリハリの利いた音楽作りに好感が持てたことを記憶している。あれから20年が経過し、オケのコントロールがより細密になった印象で後の楽劇に通じるような二重唱などを支えるオケの濃密なサウンド作りが秀逸であった。
(宮嶋極)

公演データ

新国立劇場2024/2025シーズンオペラ
リヒャルト・ワーグナー「さまよえるオランダ人」(再演)
全3幕(ドイツ語上演、日本語字幕付き)

1月19日(日)14:00、22日(水)18:30、25日(土)14:00、29日(水)14:00、2月1日(水)14:00 新国立劇場オペラパレス

指 揮:マルク・アルブレヒト
演 出:マティアス・フォン・シュテークマン
美 術:堀尾 幸男
衣 裳:ひびのこづえ
照 明:磯野 睦
再演演出:澤田 康子
舞台監督:髙橋 尚史

ダーラント:松位 浩
ゼンタ:エリザベート・ストリッド
エリック:ジョナサン・ストートン
マリー:金子 美香
舵手:伊藤 達人
オランダ人:河野 鉄平(エフゲニー・ニキティンから交代)

合唱指揮:三澤 洋史
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:グレブ・ニキティン

※22日の2回目以降の公演でのオランダ人役については劇場のホームページを確認してください。
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/derfliegendehollander/

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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