ヤマカズと日本フィルのエルガー~人生の暗喩としての交響曲
昨年バーミンガム交響楽団の音楽監督に就任して今年の6月に同オーケストラと来日公演が予定されている山田和樹が、日本フィルの定期でエルガーとヴォーン=ウィリアムズを振った。
まずはエルガーの「威風堂々」第1番。山田和樹は元気いっぱい。決然としたタクトにオーケストラがきびきびとしたリズムと心の籠もった歌で応える。弦は腰の入った重厚なサウンドでトリオはぐっと抑制され、エルガーの名旋律を奏でる弦は温かく柔らかく、フレーズは洗練されている。最後のクライマックスで山田はどこに隠し持っていたのか、突然両手のスレイベル(鈴)を打ち鳴らし、客席に笑顔を振りまく。プロムス張りのパフォーマンスに客席が沸いた。後で関係者に訊けばオーケストラにとってもサプライズだったらしい。
続いてヴォーン=ウィリアムズ「揚げひばり」。小振りな編成の弦の息を潜めた導入に、周防亮介のソロが入ってくる。ニコロ・アマティの豊かな倍音をまとわせた甘い音色。繊細かつ時に力強く、あたかもそれ自体が有機的な生き物のように動く周防のソロに、濃(こま)やかな心配りで寄り添うオーケストラ。感傷にとどまらない、凛とした気品と詩情豊かな高い芸術性を感じさせる秀演だった。ソリスト・アンコールは気分一新、パガニーニの「〝God Save the King〟の主題による変奏曲」で持ち前のパッションと名人芸を発揮。
後半はエルガーの交響曲第2番。第1楽章は落ち着いた出だしでオーケストラはよく鳴るが、決して過ぎることはない。弦は「威風堂々」で見せた深みのあるサウンドで2つの主題の情感や音色の変化が明快に示される。空中を漂うような展開部の弱音が印象的。このようなところは夢想する人を、行進曲風のところは人の歩みを連想させる。こうしたことは葬送行進曲風の第2楽章や、エネルギッシュでコミカルな第3楽章、マエストーソな終楽章にも言える。この曲はエドワード7世や指揮者ハンス・リヒターなど、人物と重ねて論じられることが多いが(コンサート前のプレトークで山田和樹はベートーヴェンの「英雄交響曲」との類似性を指摘していた)、この演奏を聴いていると、情熱的でポジティブな思考を備えた人の人生の暗喩とも思えてくる。一つ一つの音楽的事象が丁寧に扱われ、奏でられた時間と聴体験のすばらしい充足感を味わった。
(那須田務)
※取材は1月17日(金)の公演
公演データ
日本フィルハーモニー交響楽団 第767回東京定期演奏会
1月17日(金)19:00、18日(土)14:00サントリーホール
指揮:山田和樹
ヴァイオリン:周防亮介
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
プログラム
エルガー:行進曲「威風堂々」第1番ニ長調 Op.39-1
ヴォーン=ウィリアムズ:ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス「揚げひばり」
エルガー:交響曲第2番変ホ長調Op.63
ソリスト・アンコール
パガニーニ:「God Save the King」の主題による変奏曲
なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。