求心的なアプローチで映し出す、孤高の芸術家の悲しみと嘆き
千住真理子にとって、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタはライフワークだ。節目のたび全曲演奏に臨んでおり、今回はデビュー50周年特別プレ企画と位置付けられた。2018年に発見された未完のハ長調を含む「完全版」と銘打ち、会場にキャパシティわずか300席のハクジュホールを選んでの公演だ。
曲順は若干シャッフルし、前半に短調の第1、2、4番を置いた。後半は長調に転じて5番、未完作、6番と並べ、「バラード」の愛称がある第3番ニ短調で締めくくった。「イザイという芸術家の悲しみと嘆きが詰まっている。崇高なバッハの対岸に立ち尽くす孤高の姿が愛おしい」と語る、千住の深い愛着と読みを映し出す舞台となった。
前半から千住のテンションは高い。じっくり作品と対峙(たいじ)し、愛器のストラディヴァリウス「デュランティ」と心の旅に出る。バッハの影響が濃い第1番ト短調から、イザイの孤独な内面をえぐる求心的なアプローチを展開。ヴィブラートの種類を絞り、圧の高いボウイングとで安定した音色やテンポを繰り出し、自分のスタイルを前面に打ち出した。
ティボーに献呈された第2番イ短調では、随所に現れる「怒りの日」のモチーフを丹念に掘り起こして、余裕ある構えを貫いた。クライスラーに捧(ささ)げられた第4番ホ短調で、千住はたっぷり旋律を歌い上げ、愛器の艶やかな美質を楽しませた。
後半の長調作品に入ると表情に余裕が増し、開放的なニュアンスが浮かびあがった。第5番ト長調では伸びやかな雰囲気を漂わせ、ペースの変化を強調。続くハ長調の未完作品ではラプソディックな味わいを巧みに表出し、珍しい作品の真価を明らかにした。最後は唐突に途切れるが、これなら埋もれさせるのはもったいない、と思わせるのに十分な仕上がりとなった。第6番ホ長調のスペイン情緒も、手堅く引き出した。
最後の第3番「バラード」では圧力の高い精力的なドライブを聴かせ、ドラマティックに全曲演奏会を結んだ。
(深瀬満)
公演データ
千住真理子 イザイ無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会(完全版)
12月20日(金)19:00 Hakuju Hall
プログラム
イザイ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタOp.27
第1番ト短調
第2番イ短調
第4番ホ短調
第3番ニ短調「バラード」
第5番ト長調
未完ハ長調
第6番ホ長調
アンコール
アルカデルト:アヴェ・マリア
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。