名手の飾らない演奏が、ハイドンとベートーヴェンのソナタの斬新さと独創性を浮き彫りに
オランダの名手ロナルド・ブラウティハムが弾く、ハイドンとベートーヴェン。あわせて6つのソナタ、個々の独創性が際立つプログラムだ(11月11日、トッパンホール)。
ハイドンの1784年出版作で前後半を幕開け。交響曲がロンドンでも出版、より広い聴衆を意識し、またフォルテピアノが念頭に置かれる頃合いの作だ。そこに、ベートーヴェンが1797年から1802年までに作曲した諸作を継ぐ構成。楽器はマクナルティ製作、1800年頃のアントン・ワルターのレプリカ。
舞台に出るや、すぐ弾き始める。ハイドンの変ロ長調ソナタが快活に弾け、後半楽章も勢いをもって疾走する。ブラウティハムの演奏にはどこか性急さがあり、その率直さと直截(ちょくせつ)さが、そのままベートーヴェンの像にも重なってくる。「悲愴ソナタ」Op.13では、衝動を抑えつつも急くように前進。緩徐楽章でもテンポを揺らし、感情にまかせたナイーヴさをみせる。ロンドは軽やかで、明快に躍動する。楽器の性質上、残響も纏(まと)わりつかず、奏者がストレートな姿勢で臨むため、独創の内実がすっと明かされる。
いよいよ面白くなるのは、機智に富む変ホ長調ソナタOp.31-3からで、朗らかな音の温かみと澄明感を活かし、次々と湧き上がる感興が簡明に綴られていく。スケルツォでの速いパッセージも明確かつ素朴に映え、作品のもつ諧謔味と愉楽がよくみえる。
後半は、ハイドンのト長調ソナタからベートーヴェンの変イ長調Op.26へと繋ぎ、変奏の名手ふたりの表情をまず活かす。葬送行進曲もどこか典雅な響きに澄んだ詩情を宿し、ロンド楽章でも狂騒的な線の絡みと響きの繊細さが相俟(あいま)って、フラジャイルな感触が醸し出された。「幻想曲風ソナタ」Op.27-2ではアダージョ、メヌエット、プレストのロンドそれぞれに、多様な工夫を溶かし込みつつ、あたかもひと息で弾ききるように情緒を一貫させた。
いまや聴きなれた種々のソナタが斬新に独創的で、風変わりであることが、名手の飾らない演奏から改めて浮かび上がった。
(青澤隆明)
公演データ
ロナルド・ブラウティハム フォルテピアノ・リサイタル
11月11日(月)19:00トッパンホール
プログラム
ハイドン:ピアノ・ソナタ変ロ長調Hob.XVI-41
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番ハ短調Op.13「悲愴」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調Op.31-3
ハイドン:ピアノ・ソナタ ト長調Hob.XVI-40
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第12番変イ長調Op.26「葬送」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番幻想曲風ソナタ嬰ハ短調Op.27-2「月光」
アンコール
ベートーヴェン:7つのバガテルOp.33より第3曲ヘ長調
[使用楽器]
アントン・ワルター1800年頃モデル(ポール・マクナルティ2002年製作)
あおさわ・たかあきら
音楽評論家。東京外国語大学英米語学科卒。クラシック音楽を中心に、評論、エッセイ、解説、インタビューなどを執筆。主な著書に「現代のピアニスト30ーアリアと変奏」(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの「ピアニストは語る」(講談社現代新書)、「ピアニストを生きるー清水和音の思想」(音楽之友社)。