オペラ的な音の温もりや優しい歌心、ウィーン・フィルの魅力がつまった演奏会
アンドリス・ネルソンス&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演、初日の演奏会をミューザ川崎シンフォニーホールで聴いた。ムソルグスキー(ショスタコーヴィチ編曲)のオペラ「ホヴァンシチナ」第1幕への前奏曲「モスクワ河の夜明け」、ショスタコーヴィチの交響曲第9番、ドヴォルザークの交響曲第7番という東欧プログラム。
「モスクワ河の夜明け」は、冒頭から本当に美しく音が受け継がれていく。そして、ウィーン・フィルの音に人の温もりを感じる。ここでの人の温もりとは、オペラ的な温もりであり(さすがに歌劇場のオーケストラ!)、歌である。クラリネットの最弱音が美しい。
ショスタコーヴィチの第9番では、オーケストラが決して威圧的にはならず、温かく、楽しく、面白く、ディヴェルティメントのように、音楽が展開された。ネルソンスもノリが良い。緩徐楽章では、木管楽器(とりわけ第4楽章でのファゴットのソフィー・デルヴォー)のソロが見事だった。
ドヴォルザークの第7番では、冒頭からドラマティックな演奏が繰り広げられた。ウィーン・フィルは、楽器間のフレーズの受け渡しが素晴らしく、ヴァイオリンのメロウな音色が魅力的。アダージョ楽章では心のこもったカンタービレを聴くことができた。第3楽章ではオーケストラが踊り、第4楽章は指揮者とオーケストラが一体となった熱くて濃い演奏。第3楽章の哀愁を帯びた旋律や第4楽章第2主題の優しい歌心などにウィーン・フィルらしさを強く感じた。
今年夏、セイジ・オザワ松本フェスティバルへの客演を健康上の理由でキャンセルしたネルソンス。今日見る彼は確かに以前よりかなり痩せていたし、指揮台には椅子まで用意されていた(結局、まったく座ることはなかった)が、それでも、身振りはそう大きくないものの明確な指揮で、ウィーン・フィルの自発性や魅力を十分に引き出していた。そしてネルソンスとウィーン・フィルとの相性の良さが実感できた。
アンコールは、ウィーン・フィルの十八番といえる、ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「我が人生は愛と喜び」とヨハン・シュトラウス2世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」。
(山田治生)
公演データ
ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2024
アンドリス・ネルソンス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
11月7日(木)19:00ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:アンドリス・ネルソンス
管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
プログラム
ムソルグスキー(ショスタコーヴィチ編曲):オペラ「ホヴァンシチナ」第1幕への前奏曲〝モスクワ河の夜明け〟
ショスタコーヴィチ:交響曲第9番変ホ長調 Op.70
ドヴォルザーク:交響曲第7番ニ短調 Op.70
アンコール
ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「我が人生は愛と喜び」Op.263
ヨハン・シュトラウス2世:トリッチ・トラッチ・ポルカOp.214
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。