プラチナ・シリーズ第1回 ピエール=ロラン・エマール
~時代をリードする現代音楽の巨匠~

リゲティを中心とした32の小品~豊かなイメージとカラフルな音色に彩られた小宇宙

フランスの名ピアニスト、エマールのリサイタルの中心はリゲティ。前半は「ムジカ・リチェルカータ」を順番通りに並べ、その間にベートーヴェンのバガテルOp.119とOp.33の曲が、後半は「ピアノのための練習曲」第 1、2巻にショパンとドビュッシーの練習曲が挟み込まれる。休憩をはさんで小品が全32曲という途方もなさ。それなのに、これほど心そそられるプログラムもなく、実際チケットは完売。

ピエール=ロラン・エマールが、リゲティを中心に全32曲のプログラムを演奏した 撮影:堀田力丸 提供:東京文化会館
ピエール=ロラン・エマールが、リゲティを中心に全32曲のプログラムを演奏した 撮影:堀田力丸 提供:東京文化会館

前半のリゲティの第1曲からリズムの愉悦と透徹したタッチが快く、ベートーヴェンのOp.119の第9番は表情豊か。リゲティ、ベートーヴェンの組み合わせが繰り返されるが、たとえば、ラを中心音とする第1曲にOp.119の9(イ短調)、最後の音がソの第2曲に作品33の2(ハ長調)というように配置されているので曲の繋がりが自然。同時に両者とも楽曲の性格描写が明快。加えて、研磨されたタッチによる多彩な音色と表情づけ、無駄のない刈り込まれた表現、リゲティの第10番とベートーヴェンのOp.33の7のエキセントリックなまでの諧謔性や感情の爆発など作品演奏の両面で似たところがあるためだろう、次第に両者が接近し、境界がぼやけてくる。

リゲティの第1曲からリズムの愉悦と透徹したタッチが快く、ベートーヴェンのOp.119の第9番は表情豊かだった 撮影:堀田力丸 提供:東京文化会館
リゲティの第1曲からリズムの愉悦と透徹したタッチが快く、ベートーヴェンのOp.119の第9番は表情豊かだった 撮影:堀田力丸 提供:東京文化会館

「練習曲」で括られた後半も、たとえばリゲティの〝悲しい鳩〟とショパンの作品25の2はともに両手の拍のずれなど音楽的に通じるところがあるものの、ここではむしろ作曲家たちの語法や情感の質、響きに対する感性の違いが浮き彫りにされて面白い。エマールのイメージの豊かさ、カラフルな音色は本当にすばらしく、スウィング感が快いリゲティの〝金属〟、驚くべき指巡りの速さと滑らかさを示したドビュッシーの〝半音階のために〟など印象に残る演奏がいくつもある。前半と後半で2009年と2019年の2台のスタインウェイを弾き分けたが、軽やかで響きの明度の高い前者に対して、後者は音に厚みと重みが感じられ、それぞれのプログラムとアプローチに合っている。とりわけ後半最後の〝悪魔の階段〟は尋常ならざる緊迫感と迫力に満ちて圧巻。アンコールの「3つのバガテル」の凝縮された沈黙もまた格別だった。

(那須田務)

公演データ

プラチナ・シリーズ第1回 ピエール=ロラン・エマール
~時代をリードする現代音楽の巨匠~

10月8日(月)19:00東京文化会館 小ホール

ピアノ:ピエール=ロラン・エマール

プログラム
リゲティ:「ムジカ・リチェルカータ」
ベートーヴェン:11のバガテルOp.119より第2、3、5、6、8、9、10、11番
同:7つのバガテルOp.33より第2、7番 
リゲティ:ピアノのための練習曲 第1巻より第2、3、6番、第2巻より第7、8、13番
ショパン:12の練習曲Op.25より第2、8番
ドビュッシー:12の練習曲集より第3、7、11番 

アンコール
リゲティ:3つのバガテル(1961)
同:ピアノのための練習曲 第1巻より 第4番「ファンファーレ」

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那須田 務

なすだ・つとむ

音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。

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