全国共同制作オペラ「ラ・ボエーム」開幕!熱い魂を込めた井上道義のタクトで描く若き芸術家たちの群像劇
2024年末で指揮活動の引退を表明している井上道義が、自身最後のオペラに選んだ「ラ・ボエーム」。全国共同制作オペラシリーズ東京公演の初日は完売、夏の演奏会をキャンセルし体調が心配されたマエストロだが、熱い魂を込めたスリリングなタクトで若き芸術家たちの群像劇を描いてみせた。
最も印象に残ったのは、井上のタクトに応えた読響の芳醇(ほうじゅん)な響きと個々の奏者の表現の深さが、歌い手と一体になっていたことだ。ピットといってもシアターオペラだけに通常より客席に近くパワフルな音になりがちだが、秀逸だったのは第1幕の終わりで、ロドルフォに心を奪われたミミが、街に繰り出そうとする彼と行動を共にする心境の変化を描く場面。数小節だけの転調によるpppのハーモニーの移ろいを、色彩感と共にここまで繊細に聴かせてくれると、プッチーニのこの上なく甘美で情感溢れるオペラが更にドラマティックになる。井上道義がこの作品をいかに大切に想っているのか、音楽が自ら語っていた。
演出は19年に当プロジェクトの「ドン・ジョヴァンニ」で井上とタッグを組みオペラ初演出を成功させた舞踏家の森山開次、今回は振付、美術、衣裳も手がけ、4人のダンサーを登場人物の心情表現や小道具、舞台転換などでさりげなく多用する。ユニークなのは画家マルチェッロに、日本人ボヘミアンとしてオペラの登場人物のような生活を送っていたと想像できる藤田嗣治を投影させたことだ。髪型やメイクで藤田そっくりの人物が居るだけで親近感がわき、見る側もタイムリープしたように感情移入しやすくなる。カルチェラタンで歌う子どもたちが猫のようなコスチュームだったり、ムゼッタの肖像画にも猫がいたりと、藤田の作品に通ずるアイテムを起用した、このプロダクションならではの遊び心も。
歌手は名アリアをそれぞれ聴きごたえのある歌唱で披露し、質の高いアンサンブルも光った。09年「トゥーランドット」で幕を開けた当プロジェクト、継続は力なりという言葉通りの進化を体感しながら、井上道義という指揮者が、あの時も今もそこに居たのだと、鳴りやまない喝采の中であらためて思った。
21日、23日の東京から11月2日まで全国7都市で各地のオーケストラとマエストロの最後のオペラの旅は続く。
(毬沙琳)
※取材は9月21日の公演
公演データ
2024年度 全国共同制作オペラ 歌劇「ラ・ボエーム」(新制作)
全4幕 イタリア語上演(日本語・英語字幕付き)
9月21日(土)、23日(月・休)14:00東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:井上道義
演出・振付・美術・衣裳:森山開次
ミミ:ルザン・マンタシャン
ロドルフォ:工藤和真
ムゼッタ:イローナ・レヴォルスカヤ
マルチェッロ:池内 響
コッリーネ:スタニスラフ・ヴォロビョフ
ショナール:高橋洋介
合唱団:ザ・オペラ・クワイア、世田谷ジュニア合唱団(児童合唱)
管弦楽:読売日本交響楽団
その他の公演日程や出演者等、データの詳細は公式ホームページをご参照ください。
プログラム
プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」
まるしゃ・りん
大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。