小澤征爾の愛弟子・村上寿昭が、次世代へと受け継ぐ〝小澤スピリット〟
セイジ・オザワ松本フェスティバル恒例のOMFオペラ。今年はプッチーニの「ジャンニ・スキッキ」が上演された。サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)を指揮する予定だったアンドリス・ネルソンスがキャンセルした影響で、このオペラを振る予定だった沖澤のどかがSKOのコンサートに出演し、急遽、村上寿昭が「ジャンニ・スキッキ」を指揮することとなった。村上は小澤征爾の愛弟子の1人。SKOやウィーン国立歌劇場で小澤のアシスタントを務め、小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトの「こうもり」(2016)や「カルメン」(2017)では小澤との振り分けを担った。リンツやハノーファーの歌劇場でコレペティトゥアや指揮者を務めた後、今年、オペラ・カンパニー「東京オペラNEXT」を立ち上げ、音楽監督に就任。オペラ経験の豊富な村上の指揮は、テンポがよく、安心感がある。指揮棒を持たないその指揮姿には小澤を思い起こさせる瞬間があった。また、オーケストラの細部まで疎(おろそ)かにしない音楽作りにも師匠からの薫陶を感じた。そして若い小澤征爾音楽塾オーケストラ(日本のほか、中国、韓国、台湾からも参加)が村上の指揮に応える。一つひとつのパートが明晰で、色彩的。また、村上は歌手とオーケストラのバランスにもよく配慮していた。
歌手陣の快活なアンサンブルも好感触
歌手では、ジャンニ・スキッキの町英和が出色。素晴らしい声の持ち主だが、声色を変えたりして、生き生きとジャンニを演じていた。そしてツィータの牧野真由美が舞台を引き締める。ラウレッタの藤井玲南はチャーミングな声。アリア「私のお父さん」は芝居がかったお願いの歌だけに、もっと芝居がかってもよかったと思う。リヌッチオの澤原行正は役にふさわしい明るい声。全体として若々しく快活なアンサンブルが楽しめた。
デイヴィッド・ニースの演出は、現代のフィレンツェに時代設定を移した、わかりやすいもの。ただし、ブオーゾ(黙役)はもう少し老人らしくした方が簡明に伝わっただろう。
本公演は、これに続く長野県内の中学1年生を対象にした「子どものためのオペラ」4公演と同一プロダクションであり、オペラ上演の前に、小澤征爾音楽塾オーケストラの各パート(全員)による楽器紹介が約25分間行われた。そして若い音楽家たちの技量の高さが示された。
小澤征爾の愛弟子、村上寿昭が、今度は、若い音楽家たちを育み、小澤のスピリットを伝えるマエストロとして松本に帰ってきたことに時代の流れの速さを感じた。
(山田 治生)
公演データ
セイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)オペラ プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」
8月25日(日)15:00まつもと市民芸術館・主ホール
指揮:村上 寿昭
演出:デイヴィッド・ニース
ジャンニ・スキッキ:町 英和
ラウレッタ:藤井 玲南
ツィータ:牧野 真由美
リヌッチオ:澤原 行正
ゲラルド:髙畠 伸吾
ネッラ:別府 美沙子
管弦楽:小澤征爾音楽塾オーケストラ
その他の出演者等、データの詳細は公式ホームページをご参照ください。
https://www.ozawa-festival.com/programs/2024/opera-omf.html
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。